『小さい子と海賊を合わせるとどうなるのか』検証レポート(嘘)

□キッド海賊団の場合
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▼『キッド海賊団』の場合

「やだやだやだーっ!」


デッキに、子供の声が響く。


「うるせぇな、何度言わせる。駄々こねてんじゃねェ!」

「やだーっ!!」


宥めると言うよりは火に油を注ぐように、船長も声を荒げていた。

“ななしは小さな子供”

ということを、船長であるキッドは一応理解しているらしい。
普段ならとっくに実力行使で言うことを聞かせる彼も、子供相手ということもあり珍しくぐっと堪えているようだった。

まあもっとも、その我慢もすでに限界らしいことが、声を聞けばわかる。


「いい加減にしねェか! 町は危険だ。船に残ってろ!」

「やだっ!」


ななしは一歩も譲らないし、キッドも譲る気はない。
泣く子はさらに泣くほどの気迫を持つ船長に怒鳴られても、ななしは怯まなかった。

それは、怖さに勝る大事な『信念』があったからだ。

泣いては負けだと、ななしは知っていた。


「このまえもそうだったし、そのまえもそうだった! わたしもまちにいきたいー!」


『町に行く』という強い思いが、ななしに退くことを拒ませている。

小さなななしは、いつも船にお留守番の身。

「つれてって!」と頼んでも「ダメだ」と一蹴されてばかり。
町には美味しいお店も綺麗なお店も、いっぱいある…と船員たちに聞かされて、好奇心の塊が黙っているわけなどない。町に買い出しに出ることになった乗組員たちに、今度こそ連れて行けと言いだしたのだ。
勿論、誰一人として首を縦に振る者はいなかった。

いくら「町は危険」と言われても、小さな子どもに“どれほど危険か”という重大さまで理解できるわけはない。

“申し出を否定されること”

それだけで、駄々をこねる理由は十分。


「つれてってー!」

「ダメに決まってんだろうが! いい加減分かりやがれ!」

「わかんない! つれてってくれなきゃやだ!」

「ダメだ!」



何度も説明している。

「町は危険だ」
「賞金稼ぎや海賊に海軍、下手をすれば人攫いだって横行している」

そこに、自分の身も守れないような、小さい子供を連れて行きたくなどなかった。
別に、守る自信がないから言っているのではない。誰が来ようと、負けない自信は大いにある。

しかし、

『ガキを連れて歩く海賊』として見られるのも嫌だったし、第一コイツは一度許すと限度を知らない。妥協すると、何かと面倒だった。

最初の内は丁寧に説明をした…つもりだ。
だが、次第に駄々をこねるななしに嫌気がさし、ついでに苛々もして今に至っている。


「キッドのケチ!」


さらには、このように暴言を吐かれる始末。
ただでさえ苛々していたキッドは、ななしの攻撃に、遂にキレた。


「……いいだろう。町に行ってこい」

「ホント!?」

「…っ、か、頭!」


ぱぁっと顔の輝いたななしと、一変した船長の態度にうろたえる船員。

そんな二者を尻目に、キッドは荒く言葉を吐き捨てた。
わずかに口角を吊り上げ、怖くも意地悪めいた笑みを見せながら、


「ただし、お前一人でだ」

「?」

「降りたらこの船はすぐ出航する。一人で勝手に町を歩き回ってろ、クソガキ」

「……え…」


少女の顔から、一瞬で笑みが消える。
あれだけ言われても理解できなかった「行くな」の言葉より、随分重く冷たかった。

信頼する者からの、突き放しの言葉。
意地悪く笑う船長の笑みに「サヨナラ」を感じ取った。

『捨てていく』という、永遠のサヨナラを。


「……や…やだ…」

「何がだ? 本望だろう、町に行ける」

「やだぁッ!」


騒ぎ声は、一瞬で泣き声に変わった。

あっという間に滲んだ景色の向こうで、船長はまだ薄ら笑いを浮かべている。面白いように態度に表れるななしに、優位に立てた満足の笑みだった。
これで一気に形勢は逆転。

一旦「捨てる」と言いだした“親”に、歯向える子供など、いやしない。


「みんなと…! みんなとまちにいくっ…!」

「ダメだ。行くなら一人で行け」

「いやだぁっ!」

「それが嫌なら留守番だ」

「それもや…っ、キッドのいじわるーっ!」


わんわんと泣きだすななしと笑って立っているだけのキッドの様子に、誰も何も口を挟めない。
そりゃあキッドのことだ。恐らく冗談で言っているであろうことは、なんとなく分かっている。だが、目の前の悪化していく状況に、収束する気配が見えない。

かといって船長に意見できる者などいるわけがなく。
皆が皆、遠巻きに事の顛末を見守るしかなかった。

ただ一人を除いては。


「おいキッド。もうやめろ、やりすぎだ」

「…てめェ…」

「……キラー…?」


事態を見るに見かねて、乗組員であるキラーが口を挟む。
第三者の加勢に、わずかに面白くないキッドはまだ強気の姿勢を崩さない。ななしはといえば、涙が少し止まってきょとんとキラーを見上げていた。


「キッド。連れていきたくない気持ちはわかるが、これ以上はやりすぎだ」

「何だ。だったらお前が連れて歩くか?」

「…そうは言ってない。おれもななしを連れて歩くのはごめんだ」

「だったら口を挟むんじゃねェ。コイツが折れればそれで終わる」

「それが終わらないから、今まで時間がかかってるんだろ」

「……」


確かに。

ここで終わりの見えない問答を続けていてもしょうがない。
かといって、連れ歩きたくもない。


「………」


キッドは一度、ななしへと視線を落とす。
先ほどのことが尾を引いているのか、ななしが怯えた目で見返してきた。「さっきのは冗談だ」と謝るよりも、再び口角が吊り上がる方が早かったようで。
また「捨てる」ようなことを言われるんじゃないかとななしが肩をびくつかせた。

が、


「おい、ななし」

「な……なに…? キッド…」

「町に行ってこい」


先ほどのトーンとはかけ離れた声音で、そう告げたのだ。

しかし、
トーンの変化に気付けなかったななしは、再び泣きそうな顔で拒絶しようとした。


「やっ、ひとりは…」

「安心しろ」


くいっと指を向けた先には、仮面の男が立っていて。


「キラーが一緒に行くってよ」

「なっ…!」

「…ほんと…?」

「ああ」

「おいてかない?」

「おれたちも降りるんだ。置いていけるわけねェだろ」

「やったぁ!」

「おい、キッド…!!」


トントン拍子で話は進むが、やはりというか当然というか、キラーが待ったをかけた。


「おれは嫌だと言ったはずだ」

「早く終わらせたかったんだろう? これなら好都合だ」

「おれにとっては不都合だ」

「文句言うんじゃねェよ。口も挟んできたしな」

「それは関係な…っ」

「キラー…」


名前を呼ばれ、キラーが視線を下げる。足元に立つ、小さなななしがこちらを見上げていた。
まだ潤んだ瞳に涙の筋をつけた顔で、精一杯に笑いながら言うのだ。


「ありがと! キラー!」

「………」

「……」


そんなことを満面の笑顔で言われては、了承しないわけにはいかず。

一瞬だけ、面白くないと言いたげな顔をした船長を視界の端に置き、キラーは。


「……いや…気にするな…」


と、小さく言った。









→結論。

キラーは、なんだかんだ言っても小さい子供(の笑顔とか)には弱い。






おしまい





§あとがき§
「海賊団」なんて題に付くから、もしかして…

そんなことを思った方…大正解でした。
まさかのキラーという…ね。結論キャプテンじゃねぇ!みたいな…ね(もういいです)。

毎度のように喋り方に悪戦苦闘しながら、妙な三角描きながら書いてきました。…将来はきっと取り合いになるんだろうと思うと楽しいですね(やめなさい)
なんだろう…キッドが妙にいじめっ子になったぞ…?

そしてこの話、実はもうちょっとだけ続きます。
お付き合いくださいましたら、恐悦至極にございます。


一読、有難うございました。
また次で、お逢い出来ます事を。

霞世

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