『小さい子と海賊を合わせるとどうなるのか』検証レポート(嘘)
□キッド海賊団の場合 そのに
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▼『キッド海賊団』の場合 そのに
「わーっ、まちだー! ひろーい!」
「…ちゃんと足元見て歩け。転ぶぞ」
「だいじょうぶ! キラーがいるからへいき!」
「……そうか」
何を根拠にそう言うのかは子供ならではの思考回路の不思議だとしておこうと、キラーは流しておくことにした。いちいちななしの言ってることを真剣に考えていたら、考える頭が一つでは足りない。
それより今は、
「さっさと回って戻るぞ」
“ななしと二人で町を歩く”という状況から、一刻も早く抜け出さなくてはならない。
しかし、
「えーっ、ゆっくりしよーよー」
前を歩くちっちゃい姫が、それを許そうとはしなかった。
何せ『初めての町』なのだ。
見るもの、着ているもの、建物、船員以外の人……すべてが初めて。
「長く居たい」という気持ちは分かっているつもりだが、
「まぁ可愛い。親子かしら?」
「お父さんは怪しい感じだけど、でもなんだか微笑ましいわねぇ」
「あの人…もしかして海賊の人じゃない? …もしかして誘拐…!?」
「いや、違うだろ。あの子、結構楽しそうに見えるぜ?」
「そうそう。もしかしたら、親子かもしれないな」
「だったら納得。なんか怖くねぇよな」
「あはははは。言えてる!」
「………」
“子供を連れた海賊”という好奇の視線に晒されるキラーの気持ちも、少しは汲んでほしい。
億越えのルーキーであるキラーの面は、その特徴的な仮面ですぐにわかる。だが、それでも周囲が怯まないのは、前を歩く小さな姫の恩恵なのだろう。
ななしの存在が周囲を和ませ、『キラーに似てるけど多分別人だろう。だってなんか和むし』と周囲に思わせていた。
よって、キラーの怖さは半減し、ななしの元気がプラスに働いている。
歩くたびに人が怯えて道をあけ、人気のない町を歩いてななしをがっかりさせるよりは幾分もマシだから構わないのだが。
“殺戮武人”という肩書を持つキラーのプライドは、少し傷つく。
「…なるべく早く戻るぞ」
「なるべくどりょくするー」
「悪い奴も出て来たら怖いだろ」
「それはキラーがたおしてくれるからへいきー」
「………」
キラーは町に来る前…甲板での約束事を思い出す。
船長であるキッドから、必ず守らなくてはならないある指令を出されていた。
それは、
『誰とも戦わないこと』
まだ幼いななしに血を見せることだけは、キッドが許さなかった。
だから、キラーが得意とする両腕の回転する鎌も使用禁止で、勿論素手での戦闘も禁止。
一切の戦闘をすることなく、かつななしと町を散歩して船に帰ってくることを条件に出したのだ。
「…だったら自分で行ってみろ!」
とキラーは言いたかったが、丁度ななしに呼ばれてしまったので、そのまま降りてきてしまったのだ。…やはりあそこで言うべきだったか、と後悔しても後の祭り。
無事、非戦闘のまま過ぎていくことを祈るばかりだ。
「あっ、キラー!」
「……何だ」
「あれたべたい! シャボンディアイス!!」
名前を呼ばれてキラーが顔を上げれば、ななしが少し向こうに見える店を指差していた。
店先には『名物! シャボンディアイス』の文字が大きく書かれてたのぼりが立っている。
…確かこの島は、どこもかしこも“シャボンディ○○”と付けては名物としているように思える。あえて口には出さないが。
キラーは店の方に目をやってから、下へと視線を流す。仮面で見えないだろうが、こちらの顔色を窺うように心配そうな顔をして、ななしはおずおずと口にした。
「……だめ…かな…」
「………」
見上げている結果、仕方なくそうなっている上目遣いと言い回しに、キラーはちょっとだけ不安になる。
……今からそんなねだり方覚えたら、成長したら魔性のようになって大変だろうか…。
「……キラー?」
「…悪い、考え事をしていた」
「もー、ちゃんときいてたー?」
「あァ。聞いていた」
はっと我に帰り、そう返事した。聞かれてないんじゃないかとななしは心配になったのか、口を尖らせている。
キラーはしゃがむとポケットから硬貨を取り出し、そうして硬貨を数枚ほど小さな両手に握らせながら
「これで好きな味を買って来い」
「うん! ありがとキラー!!」
「…ほら、さっさと行って来い」
「うん!!」
たたた、と駆けていく小さな背中を見ながら、キラーはため息を吐いた。
本当はあまり買い食いをさせるなとも言われていたが…、まあアイスくらいなら問題ないだろう。キッドは「勝手にしやがって」と怒るかもしれないが、案外ななしがアイスの話を楽しそうにしたら黙るかもしれない。
今日くらい、たくさんの『初めて』を体験させてやっても良いんじゃないだろうか。
「(キッドは、面倒臭がりなクセに過保護だからな…)」
なんだかんだ言っても、キッドはななしに甘い。
それは大いに結構だと思うが、その後始末がこっちに飛んでくるのだけは勘弁してほしかった。今日の連れ歩きだって、人目がなければキッドが行っただろう。ななしを町に出すことに関して反対はしないが、だからと言ってこちらに丸投げされるのは大いに困るのでやめてほしい。
キラーが見守る視線の先で無事にアイスを買えたらしいななしが、振り返ってゆっくり歩いて戻って来る。よく見れば、手に持っているアイスが三段になっていた。…アイツ、渡した金で買えるだけ買ったな…。
などとキラーが思っていると、
「…あッ!!!」
ベチャ…ッ!!
それは、一瞬の出来事だった。
粘着性のものが潰れたような音を立てて、ななしの手から積まれたアイスが忽然と消える。手には、まだ綺麗なアイスのコーンだけが握られていた。
そうして隣に立っている人間のズボンに、潰れたアイスが付いていて。
空になったコーンを眺めながら、至極残念そうな声をななしは上げる。
「……あーあ…」
「(…マズイな…)」
遠くで見ていたキラーは心の中で舌打ちをした。
……よりにもよって…
「何してくれてんだァ!!? このガキ!!」
「あーあ、兄貴のズボンが汚れちまったなァ」
「こりゃあ弁償してもらわねぇといけねぇな!!」
「(……よりにもよって…)」
男たちを見上げて少し泣きそうになっているななしの元へと駆け寄りながら、キラーは溜め息をつく。
よりにもよって、ゴロツキにアイスをぶつけるなんて…。
キラーは少しうんざりしながら、ななしの傍に来て、そうして小さな手を取った。
「キラー…?」と言うななしの声は、既に涙声だ。ゴロツキたちが出した大声に驚いたのもあっただろうし、楽しみにしていたアイスが一瞬で消えた悲しみもあっただろう。今は、キラーの顔と手にしたコーンを交互に眺めていた。
欠片ほども無い謝罪の言葉を形だけ述べ、キラーはななしと立ち去ろうとする。
「すまなかったな。ななし、行くぞ」
「おいおい、これは謝って済む問題じゃねーぜ?」
「って、コイツまさか超新星じゃねェか!!?」
「本当だぜ! 確か1億6200万ベリー!!」
「賞金首が子連れたぁ、ケッサクだぜ!」
「………」
しかし当然、ゴロツキたちがキラーたちの行く手を阻んだ。おまけにこちらが超新星だと言うこともあっさりバレてしまい、いつ喧嘩になってもおかしくない。
こういうすぐつけ上がる奴らには、一発見舞ってやるのが一番効果的なのだろう。しかしキッドの言った『約束』のおかげでキラーは手が出せない。相手は「ガキ連れだから手が出せないのだ」と言う勘違いをして、すでに勝てる気でいる。キラーは、それが腹立たしくて仕方なかった。
「(…とにかく、問題はどうやって立ち去るか…だが…)」
…いっそななしに目と耳を塞いでもらえばいいだろうか…、などとキラーが思ってると。
ふと耳に、風を切るような「ヒュンッ」という音が聞こえた。
それと同時。
「ななし」
「え、キラー? どうしたの?」
「しばらくこうしていろ」
キラーは咄嗟に、ななしの耳と目を自分の手で塞ぐ。その刹那、キラーたちの横を縫って飛んでいったのは、太く大きな鉄パイプで。
それが男たちの脳天に気持のいいくらいにクリーンヒットして、男たちは蛙が潰れたような声を上げて倒れていった。
「………」
男たちと傍らに転がる鉄パイプを眺めながら、キラーは溜め息をつく。
そうして足元で「どうしたのー?」と疑問を口にするななしの声を聞きながら、背後の建物の角へと視線を投げた。当然、ここからでは何も見えないし何も聞こえてはこなかったが。
「……ねー、キラー?」
「ななし」
とりあえず目だけ塞いだ状態にして、ななしを呼ぶ。「なにー?」と返してきたななしに、小さく
「もう一度、アイスを買いに行くぞ」
と言った。当然、ななしが「いく!!」と即答したのは言うまでも無く、ななしは目隠しをされたままでアイス屋へと向かって行った。
本当は目隠しを取ってやりたいところだったが、まだ地面で伸びているコイツらをななしに見せるわけにはいかないので、もう少しの辛抱だ。
「(まったく…手間のかかることをさせてくれる……)」
キラーは溜め息を吐く。
確かに危機は去ったが、あとで誤魔化すこっちの身にもなって欲しいと、キラーは背後の “気配”に心の中でそう思った。…恐らく、向こうには爪の先ほども伝わってないだろうことは、なんとなく分かっているのだが。
一方。
「……ったくキラーの野郎…、あれだけ喧嘩するなと言っただろうが…!!」
「流石キッド船長!!」
「これだけ離れてても見事に当たった!!」
「当たり前だ。おい、ぼさっとしてねェでさっさとアイツらをここに連れて来い!」
「へいっ!!」
建物の影に隠れていたキッドは顎で指示し、それに返事した船員たちが急いで広場へと走っていく。
“アイツら”というのは、先程キッドの“能力”で飛ばした鉄パイプで倒したゴロツキ三人のことだ。二人がアイスを買って戻ってくる間に、広場で伸びているゴロツキたちを素早く“回収”しなくてはならない。
ななしに血を見せないようにキラーに『不戦帰宅』を言い渡した手前、キッドも船員たちも心配で、二人が船を降りてからずっとあとをつけていた。…まあキッドは直接「心配だ」とは言わなかったが、自分から「ななしを見張る!!」と言い出したのだから、心配なのだろう。
「あ、船長!! ななしの足もと10センチ向こうに小石が…!!」
「またキッド船長の能力で弾き飛ばして下さい!!」
「当たり前だ! よし、この調子で見張っていくぞ!!」
「了解です! キッド船長!!!」
キッドの言葉で盛り上がる船員たちだったが、しかし
「もう少し反応が遅ければ、ななしが血を見るところだったんだぞ。第一、絡まれたのはななしの方だろう」
などと正論を述べる者は、生憎とこの中には存在していないようだ。
ななしが無事にアイスを買えたことで更に盛り上がる建物の影を尻目に、殺戮武人と小さな少女の町探索はまだもう少し続く。
→結論。
キッド海賊団は、只今ツッコミ役不在。
おしまい
§あとがき§
そういうわけでして、少し長いキッド海賊団の「そのに」が出来ました。
一応前回の続きと言うことで、町編になりましたが、いかがでしょうか…。相変わらず全然甘くないんで申し訳ない限りなんですが…。
そして素晴らしくみんなの喋り方忘れました…。あれ? なんか違う気がしてきた。すいません、よく分かんない話になっちゃってる…(自覚済みなのに出すってどういうことよ…)。
その後は何事も無く二人は船へと帰って来るのですが、それより早く船長たちは帰らないと駄目なのでちょっと大変ですよね。…その辺考えるとにやにやしてしまうのは私だけなんでしょうが。
なんだか最後の方が「はじめてのおつかい」みたいになってますね…。何だろうこのノリ…ギャグ風味になってるけど苦手だからなんか笑えない感じになってる…。真剣にすいません。
一読有難うございました。
もう少しばかり続く予定ですが、お付き合いくださいますと幸いです。
また次で、お逢いできます事を。
霞世
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