過去拍手

□雨はサディスト
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雨は嫌いだ。

空気は湿気るしベタベタするし、髪は広がってセットしにくいし、洗濯物だって干せない。
自由に外を行き来出来ないし、たくさん降れば災害だって起こる。
いいことなんて、何も無い。


「でも一つだけ……いいなぁって思うの」


数分前から降り出した雨を、窓越しにカウンターに座って眺めながらななしはぽつりと言った。


「こうして雨が降ってる間、貴方はずっとここにいる」

「………」

「雨に濡れるのが嫌だから」


「ふふふふ」とカウンターの隅に笑みを向ければ、数分前から一層不機嫌そうな顔で座っている男はぽつり。


「それ以上…」

「?」

「それ以上くだらねェこと口にすると、砂に還すぞ」

「あら……それは恐い」


そう言いながらも、ななしは内心あまり恐いと思っていなかった。…まあいつもよりもずっと低い声を出して、鋭く睨んでくる様は恐いのだけれど。
きっと“威嚇”の意味で言っているだけだろうと思っていたので、ななしは余裕じみた笑みを浮かべていた。

きっと……彼が心変わりしない内は、きっと自分には手は出さない。
そうななしは思っていた。

だって彼は、私に惚れているから。


「(…なんて…自惚れすぎるかしら…?)」


ななしの笑みは自嘲めいたものに変わる。確かに、『自分に惚れている』というのは自惚れには違いないかもしれなかった。

それが証拠か、彼からは「好きだ」みたいな言葉は一度も聞いたことがない。ただここへ来ては他愛もないような話をして、帰っていくだけだ。
実を言えば、彼女は男の名前も知らなかった。男は自分のことは話さないし、彼女も聞かない。さらに言えば、この場所は町より少し離れた所にある。そんな辺鄙な場所に来る人間のことなんて、町の人間が知るわけはない。
そもそもあまり交流もないから、知っていたところで聞く気にもなれないのだが。


「(知っているのは、貴方が“能力者”ってことと“雨が嫌い”ってことだけ…)」


それ以外は何も知らない。それでも“惚れている”と思うのは、どこかに確信があったからだ。

この地区は、他の地区に比べて比較的雨が多く降る。それは雨季が近付いて来ている証拠なのだろうが、それでも年中降っていると言っても過言じゃない。
そういった悪条件の場所に店を持つ自分の所に、嫌な顔をして不機嫌になりながらも、彼は来るのだ。
名前も知らない女の所へ。雨に分厚いロングコートを濡らしながら。

それを“惚れられている”と言わずして、何と言ったらいいのだろう。


「……もうすぐ」


意識を戻せば、雨音に消えそうなほど小さな声で男がぽつりとまた口にしていた。


「もうすぐ雨が止む。止んだらおれは帰るぞ」

「えぇ、どうぞご自由に。流石は“雨嫌い”…雨が止むのも分かるのね」

「………」

「…冗談よ。半分は本気だけど」

「……可愛げのねェ女だ」

「それはどうも」


肩をすくめながら形だけの礼を述べる。男は特に気にした風もなく、葉巻を燻らせながらちらりと視線を窓の外へと流した。それにつられるように、同じく窓の外を見る。

空はまだ曇天だったが、薄暗い雲を割いて太陽の光が差し始めていた。

どうやら本当に、もうすぐ雨が上がるらしい。


「…残念ね…、もう帰ってしまうなんて」


窓の外を眺めながら、心からそう思った。
一方いつものように皮肉めいたような口調で、男は言う。


「悪いが、おれは忙しいんでな。ここに長く居るほど、暇じゃねェ」

「そう…」

「……そんなに惜しいなら、いっそおれの所へ来るか?」

「!!?」

「“一緒に暮らせば”離れることはねェだろう?」


その言葉に、はっと息をのんだ。

視線を窓から男へと向ければ、彼はこちらを見てにやりと口の端をつり上げていた。その顔に見惚れるように男から目が離せなくて、つい長く見つめてしまう。
自分の顔が赤くなっていくのが分かって、少しだけ「悔しい」と思った。

この赤くなった顔を見られるのも、まるで“その言葉を待っていた”ように思われるのも。


「………」

「クハハハハ。どうした? 返事がねェな」

「…誘うにしては、ムードがまるで無いわね」


精一杯そう言って、ななしは笑ってみせる。男は鼻を鳴らして立ちあがると、座っていたななしの手を取った。
引っ張って無理矢理立たせると、手を引いて外へと向かう。


「…返事…まだしてないんだけど?」

「“はい”以外の選択肢はねェはずだ。問題ねェ」

「……だったら聞く意味、ないわね」

「クハハハハ。その通りだ」


呆れたようにななしは溜め息を吐いたが、その顔には嫌な色は少しも見えなかった。










雨はサディスト







「………」

「あら…?」


しかし外に出て見えたのは、空から降る大量の水で。
空を見れば、なにやらまたどんよりと曇り始めている。

背後から言ってくる女の声は、残念そうに、しかしどこか嬉しそうだった。


「予報は外れたわね」

「……チッ」

「雨宿り、していきますか? “お客さん”」

「………」


クロコダイルは舌打ちをしてから踵を返し、再び店内へと入って行った。
その背中に言葉を投げながら、女は言う。


「“次”はもっと晴れてる時に、連れていってね」


店内に入り、再び同じ席に座ったクロコダイルは


「…次も雨なら、問答無用で連れていくまでだ」


また少し不機嫌の混じった声で、そう言った。





おしまい





§あとがき§
最近続く鬱陶しい雨に打たれながら、いつも鰐のことを考えています。というか、私の中では『鰐=雨』の図式です(真剣)。
きっと現代社会の梅雨時期には、鰐社長の不機嫌さはMAXなんでしょう。…迂闊に近寄ると砂にされてしまいそうですね…! 常に湿気取りを置いておかないと、砂になれなくてあちこちのドアとか天井とかで頭ぶつけて大変なんでしょうね!(にやにやしますね!)

まあこのあと彼女は予告通り鰐社長に問答無用で連れて行かれてしまうわけです。「でもひとまず今回は保留!」ってことになったので鰐社長はちょっと不機嫌になってます。
…折角ムードぶち壊して連れて行こうと思ったのに…! 無念であります。
若干話口調とか皮肉めいたところとかがロビンに似てる気がしておりますが、まったく別人でありますのでご理解いただけると幸いです…。

7月に突入したと言うのにネタがなんだか6月っぽいのですが、そこはやっぱり「鰐社長だもの!」という合言葉(言い訳)で乗り切っていきたいと思います!
また若干甘くしきれなくて……す…すいません…!!


一読、一押し、有難うございます。管理人は励まされて生かされております!
また次でお逢いできますことを…。

霞世

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