砂漠に咲いた花
□迷子
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……嗚呼、カミサマ…
この目の前に広がる景色を、私は地理の教科書でしか見たことがありません…。
燦々と上空から照りつける太陽、
風が吹く度に舞い上がる砂塵、
ターバンを巻いて生活しているらしい人々、
足元や周りを見渡せばどこまでも続いている砂の山々…。
「…ここ……どこ…?」
どこからどう見ても『砂漠』としか言いようのない場所に、何故かななしは突っ立っていた。
その表情は先程から茫然としたままで、服装はなんとも砂漠には場違いな格好をしている。
当然だ。
彼女は、つい数分前まで『現代社会』というコンクリートビルに囲まれた場所で、生活していたのだから。
「なんで…? だって今……」
うわごとのように呟いて振り返ってみるが、そこに見えるのは周囲にある景色と同じで砂ばかり。通ってきたはずの道も、住宅街も、微塵も見えはしない。
これは夢で、目の前に広がるのは幻覚なの?
いっそそうだった方が、マシだと思えてしまう。
だって、“路地を抜けると全く知らない…というか明らかに日本じゃないどこか別の場所へ抜けてしまって、帰り道も分からなくなって、家に帰れなくなってしまった”なんて、到底信じたくない。
もしもそんなものが現実だとすれば……いや、考えたくない。考えてしまうと、多分泣いてしまう。
「…ちょっと好奇心を出して、変な道に入るんじゃなかった…」
いつもの帰り道より少し外れた帰宅コースは、「適当に進めば、知った道に出るだろう」なんて考えを大きく覆した。
知った道どころか、海を越えてはるばる外国まで来てしまったらしい。
しかも来たはずの道すらなくなり、目の前には教科書でしか見たことがないような町らしき建物が存在している。
丁度、町と砂漠との間に立ち、ななしは茫然と町の中を見まわしていた。
どうしよう……どうやって帰ろう…。
そんなことばかり頭を巡る。
しかし、言葉が回るばかりで、実際に解決方法を考えるまでに至らない。とりあえず目の前の風景をぼーっと眺めながら、「どうしよう」を繰り返して数分後。
「…そうだ…お金…」
「帰る」としてもお金がなければ話にならない。ようやくななしは「はっ」と我に返り、慌てて下げていた鞄やらポケットやらを漁った。
出てきたのは、教科書にお菓子のゴミにティッシュに……
「…使えないものばっかり………あ」
ふとポケットの一番奥、指先が何かに触れた。
出してみると、それは金色に光る丸くて平たいもので。
「なんだろこれ……メダル…?」
初めて見るそれは、当然ななしが普段使っている日本硬貨ではない。
しかし両面に図柄が書いてある所を見ると、どうやらメダルのようだ。…いや、もしかしたら、これがこの国…或いは町の通貨なのかもしれない。
知らない国のお金がポケットに入り込むなんて、いかにも“非現実的”で“ファンタジック”だとは思うのだが…。しかし、路地を歩いて砂漠に辿りついた時点で、十分過ぎるほど非現実的だ。
ここまでくれば、ポケットに硬貨が入り込むなんてことも、考えられない話じゃない…気がする。
そうと決まれば…と、ななしは近くにあった店へと歩いて行き、店先にいた店主に話しかけた。
「すいません。これって、いくらですか?」
そう言いながら、手にした硬貨を店主に見せる。
店主はしげしげと硬貨を眺め、そうして首と手を振った。その顔には「何言ってんだか…」と書かれているようで、出てきた言葉もそんな感じ。
「何言ってんだい嬢ちゃん。これは使えねぇよ、金じゃないんだ」
「…あ…やっぱり…、そうですか…」
「やっぱりって…! 知っててやってたのか!!」
「あぁっ、いえ! 一応聞いておこうかなって…」
「ケンカ売ってんのか!?」
「い、いえ! そういうわけじゃ…っ!!」
店主は明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、腕まくりの動作をする。
慌てて取り繕いながらななしが笑うと、その内に店主は呆れるようなため息を一つ。
そうして「分からなけりゃ教えてやる」と、ある方向を指さした。
「向こうにこの絵柄と同じ建物が見える。そこのカジノで使うメダルさ」
「やっぱり、メダルだったんだ…」
“お金じゃなかった”ことにがっくりと項垂れるななしを見て、店主は励ましたいのか言葉を添える。
「ここは“夢の町”…。お嬢ちゃんの運次第で、一枚のメダルが大金にだって変わるんだ。そう落ち込むなよ」
「ありがとう、行ってみます…」
「おう。がんばれよ」
店主の励ましに会釈をして手を振りながら、ななしはメダルに書かれている絵を頼りに建物を探すことにする。
手掛かりとなるメダルの裏には、頭にバナナを乗せたワニの絵が書かれてあった。
そしてメダルには、英語でこう書かれている。
『カジノ レインディナーズ』