砂漠に咲いた花
□発見
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大きな扉を開けて、階段を下る。
そこは地面より下に作られた空間で、この建物の社長室と組織のアジトを兼ねていた。取り付けられた窓の外には、社長のペットが悠然と泳いでいるのが見える。
トントンと軽快な音を立てて下まで降りると、そのままテーブルまで行き置いてあった紅茶ポットを手にした。つい数分前に淹れていた湯はすっかりカップの中で冷めていたので、それを捨ててもう一度温かい湯を注ぐ。
湯気の立つそれを、部屋の中央付近に置かれている机へと持って行きながら。
「指示通り、“ネズミ”をVIPへ案内したわ」
「御苦労だったな…支配人」
「いいえ。オーナーの指示ですもの。当然でしょう?」
そう言いながら、紅茶のカップを男の座る机の真ん中に置く。
机の左右には、経営関係の書類が山のように積まれていた。明日になれば、恐らくこの山がもう一つ増えていることだろう。…男がこのまま仕事をしなければ、の話だが。
いつもそうであるように葉巻をふかしながら、男は『経営者』に相応しい仕様の椅子に座っている。仕事には…今のところ手をつけている様子がない。
「珍しいわね。上のことに口を出すなんて…」
「おれだって“カジノ経営者”だ。口も出すさ、ミス・オールサンデー」
「…そうね。間違ってないわ」
確かに、彼の言い分は間違っていない。
だが、カジノ客の処分…しかも“VIPへ通す”なんてことは、まず有り得ないことだった。
いつも処分はミス・オールサンデーに任せるし、彼女自身も副支配人に任せている。
それが、なぜか今日に限っては「ここに連れてこい」と言い、ミス・オールサンデーを使いに出させた。
いくら“イカサマ勝ち”している疑いのある客でも、今まで口を出したことは一度もないというのに、だ。
「でも、いつもは出さないわ」
「随分手厳しいな」
「まさか。ただ少し驚いているだけよ、Mr.0。いえ…今はサー・クロコダイルと言うべきかしら?」
クロコダイルと呼ばれた男は、「どっちだろうと構わねェ」と言ってから椅子に深く座り直す。
ぎしっ、と椅子が軋んで、クロコダイルは出された紅茶に口をつけた。
「なに、書類仕事ばかりだと疲れるだろ。少しくらい“遊び”があってもいいじゃねェか」
「(やっぱり…飽きたのね…)」
道理で、さっきから書類の山が減らないわけだ。
いくら書類仕事が彼の本職ではないとはいえ、仮にも『経営者』だと言うのなら、もっとこういった関係の仕事もしっかりしてほしい。
…そう言えば、最近仕事がはかどっている姿をミス・オールサンデーは見ていない気がした。やっていてもすぐに飽きるのか、「息抜き」と称してどこかへ行ってしまったり、今のように「ティータイム」を要求したりする。
この珍しい意見にしても、“書類仕事から逃げる為の口実”でしかないのだろう、とミス・オールサンデーは思った。
紅茶を飲み終えたカップを置きながら、クロコダイルは口の端をつり上げて笑う。
「おれの店でイカサマをするとどうなるのか、そのネズミに教えてやらねェとな」
「(あの子、可哀想……)」
上のフロアで声をかけた“ネズミ”の顔を思い出しながら、ミス・オールサンデーはひっそり思った。きっとバナナワニの今日のご飯は、柔らかい肉になるのだろう…。
そうしていると、頭上から何やら音が聞こえてきた。
「…とし………あぁぁぁッ!!!」
「…来たわね」
見上げる頭上には、ぽっかりと口を開けた大きな穴。
そこから、人の形をした“小さなネズミ”が降ってきた。