砂漠に咲いた花

□遭遇@
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その扉の奥には通路があって、空間が直線状にまっすぐ奥へと伸びている。
まるで、“処刑台に向かう囚人”のような気持ちになっているのは、ななしだけだろうか…。


「…どうしよう…これから……」


“進むしか道はない”と分かっているのに、そんな言葉を口にしてしまう。

あれから程なくして見つけることができた、メダルの出所…カジノ『レインディナーズ』で、ななしは大勝ちをしていた。
あの店の主人が言ったようにななしは『運』を使ったのだが、かといって何かしたわけではない。ただ単に適当に押しただけで、湯水のようにメダルが機械からあふれ出たのだ。テレビや雑誌で言われているような技術などは、一切使っていない。

そして今、ななしはある場所に来ている。
入ってすぐ閉められた扉を背にして、茫然とこれからを考えていた。何度も言うように、“進む”しか道はないというのに、だ。
ななしは、自分が通された部屋の外…扉の上部に、はっきり三文字で『V・I・P』と書かれていたのを思い出す。


「…VIP…か…」


VIP。
つまり、身分の高い人が通されるであろう部屋に、ななしは案内されたわけだ。…まあ部屋と言うか、今目の前は通路になっているのだが。
身分の高い人間には程遠い、一般人の自分がそこに招待されるのは、逆立ちしたって有り得無くて。
その有り得無さに、どうしても悪い考えが付きまとってくる。


「(これは…あれだよね、きっと…)」


もしかしたら、テレビで見たことのある“あの”展開になってしまうんじゃないだろうか…。

カジノでボロ勝ちして、店の関係者が現れ、「ちょっとお客様、こちらへ」と別室へ案内される。別室には一番偉い人がいて、「困りますねぇ。これ以上は」と怪しい黒服を呼び、注意…と言うか制裁を受け、あとはひたすらダークゾーンへ突入する。

そうして最終的には、海の中で魚と仲良し…と言うか餌になるのだ。


「………」


この砂漠に海は無いだろうが、土に埋められたりすることくらいは出来るだろう。
そうなると、最終的な末路は同じだ。一応、案内されるまでは想像通りになっているんだし。これ以上想像通りに進むと最終的には……と自分の最期を考え、消すように慌てて首を横に振った。
いやいや流石にそれはちょっと飛躍しすぎだって! と、空笑いを浮かべる。

考えれば考えるだけ、悪い想像しか浮かんでこない。


「まあそりゃあ…あの量は異常だったけどなぁ…」


そう言いながら思い返すのは、自分が“運”だけで出したメダルの量。
あの量は、確かに尋常じゃなかった。それこそ、“イカサマ”でもしなければ無理だったかもしれない。…勿論、ななしはそんなことは絶対してないのだが。

あの露店の店主の言うとおり“一枚のメダルが大金に変わった”。しかしそれと同時に手に入れたのは、店側を敵に回すという“危険”だ。
仮にどちらか一方を貰えるのだとしたら、間違いなく大金を渡して安全を取る。
だが一文無しになってしまっては、ななしも生活していけない。…とりあえずこの国で数日分生活していけるお金だけでも貰えるように、頼んでみよう。

「全部が欲しい」と言えば危険かもしれないが、「少し下さい」と言えば安全かもしれない。…そう思いたい。


「……よし」


もう腹を括るしかなかった。
ななしは足を前へと出して先へと進む。奥へと細く長く続く、赤絨毯に白い壁の空間をおずおずと進みながら、頭の中ではどうやってお願いしようかと考えていた。

最初は向こうも警戒しているだろうから、まずはそれを解いて、そのあとでやんわりお願いしてみよう。
こちらの事情を分かってくれれば、あるいは提示分以上をくれるかもしれない。…そんなことなど万に一つ無いとしても、そう思っておく。気持ちだけは、希望を持ちたかった。


「…やっと着いた…」


あまりに廊下が長いので、実は前に進んでないんじゃないかと思ったが、程なくして直線の終わりが少し先に見える。
…かと思えば、


「…ん? …分かれ道…?」


道は左右二つに分かれていた。
その突き当たりには道案内のプレートが置いてあって、左には『VIP』、右には『それ以外』と書かれている。


「…VIP…かな…、いやでも本当は一般人だし…それ以外…?」


歩きながらうんうん唸って、結局進んだのは右の“それ以外”だった。
結局VIPに通されたところで、自分が一般人なのは変わりない。通路に通してくれた女の人も何も言わなかったのだし、ここは一旦“それ以外”に進んでおく。


「…って、あれ…? 行き止まりだ…」


と右折したはいいが、目の前で道はぷっつりと切れて壁が立っていた。試しに振り返ってみると、左折した先の道はまた真っ直ぐ先へと進めるようになっている。
つい馬鹿正直に“それ以外”に来てしまったが、ななしは仮にも招待された『VIP』。あれは左折するのが正解だったのか…騙された…。

そう思い引き返そうとしたのだが、


「……え…?」


突然、足元の床が「ぱかっ」と音を立てて割れた。
それと同時に感じる、一瞬の無重力と、ぞわりと肌を逆なでする嫌な感触。


「…!!?」


これは、あれだ。
典型的な……


「落とし穴だあぁぁぁッ!!!」


自分でもびっくりするほどの断末魔のような声を上げながら、ななしは闇が口を開ける下へと落ちていった。

落下しながら思い返すのは、走馬燈ではなく激しい後悔で。
これは罠だったのかとか、でも左に行ってれば落ちる事は無かったんじゃないかとか、そんな考えが次々と頭の中を駆け巡っていく。
背中越しで出口は見えないが、風を切る音と“落ちたら死ぬ”という確実な恐怖が、ななしを支配しようとしていた。

だがその恐怖に飲まれる前に、案外早く出口へと抜け落ちた。


「が…っ、い……た…っ!」


背中から床に落ちたので思いきり打ちつけ、ついでに反動で頭も打った。
その接触の衝撃で、一瞬呼吸が止まった気がする。

想像を絶する痛み…ではなかった辺り、落下時間も距離も短かったのかもしれない。…随分と寿命は縮んだ気はするのだが。
じんじんと時間をかけて襲ってくる背中と頭への痛みに、ななしは呻きながら上体を起こす。特に痛いのが面で落下した背中で、ななしは「いた…い…」と小さく言いながら背中をさすった。
そこへ、


「ようこそ、お嬢さん」

「…!!!?」


まるで空気を震わせるような低い声が背後から降ってきて、背中を労わる動作が止まる。
おそるおそる顔を上げると、ななしをVIPに案内した黒髪の女が立っていた。さらにぎこちない動作で背後を振り返ると、黒いロングコートを羽織った大柄な男がいる。

一瞬で、この男がカジノの“責任者”であると理解した。


「あ…あの……あの…っ」


突然の対面に、上手く言葉が出てくれない。壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し、ななしは目の前の男を見上げていた。
気付けば背中の痛みはどこかへと飛んでいき、代わりに嫌な汗が背を伝っていく。

何を言うんだったかも忘れ、真っ白な頭では考えたいこともまとまらない。通路を歩きながら考えていた許しの案など、頭の中にはとっくにない。


「……」

「あの…、あの……わたし……」


男は一瞬だけ、眉根を寄せるような顔になったが、そんな変化にななしが気づくわけもなく。男の顔はすぐ元に戻ったし、そもそも今は周囲に気など配れなかった。
ななしの受け答え一つで、生きるか死ぬかが決まるのだ。一瞬だって、気が抜けない。

どうしよう…どうしよう…!!

身体を強張らせ、わずかに震えながら、次第にななしの顔から血の気が引いていく。
目の前に立つ“責任者”の男の見た目は、ななしの想像を飛び越えていた。左手にはフック船長を思わせる大きな鉤爪の義手を付け、顔には両耳を結ぶほどの大きな縫い傷。見上げるほどの大きな体躯と、それを覆うロングコート。明らかに普通の人間には見えないその風体が、一層ななしの顔を青くしていた。

…私の最期は、多分砂漠の砂に還るんだろうな…。

真っ白になった頭の中で、自分の最期を現実逃避で考え始めた時。

………りん…


「……?」


ななしの耳に、どこからか小さな音が聞こえてきた。

……りん…りん…

それは小さく、しかしはっきりと、音を重ねてくる。
音は自分のポケットから聞こえてきていて、ななしはゆっくりとした動作でそれを取り出した。

数時間前、メダルが入っていた同じポケットから出てきたのは、錆びついた小さな鈴。

もう到底鳴ることなど出来ないだろうそれは、しかし確かに鳴っていた。
決して揺らしているわけでもないのに、ひとりでに、それは鳴る。

……りん…りんりん……


「…う……そ…」


小さくそれだけ、ななしは呟いた。
彼女は、その鈴が“どうして鳴るのか”を知っている。もうずっと昔のことで、ずっと嘘だと思っていたけど。


『これはね、お守りなんだよ、ななし…』


真っ白な頭の中に、ぽつりと昔の言葉が浮かぶ。
遊びに行けばいつも同じ話ばかりする、ばあちゃんの言葉だった。

ななしは、目の前のロングコートの男をもう一度見上げた。相手は少し怪訝そうな顔をして、黙ってこちらを見ている。
視線が、かち合った。

りん、りん…

その澄んだ音色は、ななしの考えを、数年前に亡くなったばあちゃんの言葉を、確信へと向かわせる。


『いいかい、ななし。この鈴は、絶対手放しちゃ駄目だよ』


いつも幸せそうに笑っていた彼女の、大切な思い出の冒頭部分。


『この鈴はね、ななしにとっての“運命の人”を、必ず見つけてくれるからね』


「…うそ…でしょ…?」


今、近くにいる人間など、一人しかいないというのに……。




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