砂漠に咲いた花

□夢路A
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…どうにも、腑に落ちない。

クロコダイルは部屋の扉に手をかける。何故か鍵はかかっておらず、扉はすんなりと開いてくれた。
…鍵が壊れているのかとも思ったが、どうやらそんなことは無いらしい。鍵の『侵入者を拒む』という機能は健在らしいので、単に部屋主のかけ忘れのようだ。


「(……随分と不用心じゃねェか…)」


忘れたにしろ習慣が無いにしろ、ここは仮にも“見知らぬ土地”の“見知らぬ建物”のはずだ。
勿論、そこに住んでいる人間だって、“見ず知らずの赤の他人”。部屋に鍵をかけないなんて、不用心を通り越して自殺行為だ。
…まあこの『レインディナーズ』の地下…バロック・ワークスのアジトに侵入者は入って来ることはないだろう。しかし、これでは「襲ってください」と言っているようなものだ。仮に殺されても犯されても、文句は言えない。

…まあ、


「(こんなガキに手ェ出す奴なんざ、いるとは思えねェが…)」

「…う……ん…」

「……」

「……すー…」


規則正しい寝息を立て、ベッドの上で塊がもそもそと動いていた。

クロコダイルはその塊を見下ろしてみる。時折「うぅん」と言いながら、未だ覚めない夢の中にいるらしい。


「(随分と無防備で間抜けなツラだ)」


こうして侵入者が一人ベッド脇に立ってみても、閉じた瞳は開く気配を見せない。今ここで息の根を止めようと思えば、簡単に出来る。
試しにクロコダイルは、左手の鉤爪を塊の首に寸止めで振り下ろしてみた。

やはりというか、塊は起きる気配を見せない。風圧で前髪が浮き上がっただけで、本人は起きるどころか「むにゃむにゃ」と口を動かすだけだ。


「………」


なんだか無性に馬鹿らしくなって、クロコダイルは右手に持っていた白い袋を「どさっ」とベッド脇に置いた。質量のある音がして、少しだけ塊は眉根を寄せ「うぅ…」と唸ってみせたがそれも一瞬のこと。またすぐに寝息を立てて、夢の世界へと帰っていく。
皺が刻まれそうなほど眉を寄せて、クロコダイルは心中で吐き捨てた。


「(…どうにも腑に落ちねェ…)」


昨日から、何やら妙な感じがしている。
それは胸騒ぎだとか、そんな感じじゃなくて。なんとも説明のしづらい、妙な感覚。
“英雄の仕事”という気まぐれな思いつきで居候させることにした女を見た時から、こんな感覚が付きまとっていた。それが何なのかと考えてみても答えが出てこなくて、苛立つようにクロコダイルは本日何度目かの舌打ちをする。

自分の中に『もや』がかかっているような、ぐるぐるとかき回されているような、不思議な感覚。それがこの女を見ていると余計に強くなる気がして、クロコダイルは小さく吐き捨てた。


「くだらねェ」


言いながら、袋を置いたことで空になった右手で、女の前髪を整えてやる。

さらさらと髪を何度か撫でていると、不思議と妙な感覚が一層強くなる気がした。
しかし、撫でる前に感じていた感覚とはまた違うものではないかと、どこかで何故かそう思う。…何故そう思うのかまでは、はっきりとは言えないが。

……つくづく分からねェな…。

クロコダイルは、覗き込むように女に顔を近づけてみる。間近で見ても、やはり無防備で間抜けでアホなツラがそこにあった。


「あら、驚いた。この部屋では“オオカミ”を飼っているのかしら?」

「……ミス・オールサンデー…。いつからそこにいた…?」


ふと女から離れ、声の方へと振り返る。
開いたままの扉に凭れかかっているのは、上のカジノ『レインディナーズ』の支配人であり、組織『バロック・ワークス』の副社長。クロコダイルの右腕でありパートナーのミス・オールサンデーだった。
ミス・オールサンデーは「オオカミじゃなくて、ワニ…だったかしら?」と皮肉めいたことを言い、笑いながら部屋の中へと入ってくる。


「フフフッ、ついさっきよ。扉が、不用心にも開いていたものだから」

「…コイツのかけ忘れだ」

「でしょうね。鍵は壊れてなかったようだし、扉も砂になってなかった…」

「……まさかおれが壊したとでも言いたかったか?」

「とんでもない。…まあ、この子を“襲いたかった”と言うなら、疑いもしたけれど」

「…どうやらおれを怒らせてェらしいな…」


あまりにふざけたことを言うものだから、静かに、殺気を込めてそう言う。ミス・オールサンデーはさして気にも留めた風でもなく「まさか。冗談よ」と笑った。…一体、どこまで本気なのか。

クロコダイルは懐を探り、葉巻を一本取り出すと口に咥えた。そうしてライターを擦り、火をつけて燻らせる。
吸い込んだ煙を吐き出せば、先程静かに沸いた殺気も一緒に霧散していくようだ。


「……あら、何処へ?」

「…社長室だ。戻る」


クロコダイルはそう言って、ミス・オールサンデーを残し部屋を出ていこうとする。
悠然とした歩調で扉まで歩き、振り返って彼女に『指令』を出した。


「ミス・オールサンデー」

「はい」

「『その女を社長室まで連れて来い』。服はその袋の中だ。好きに選ばせるといい」

「フフフッ、解りました」


ミス・オールサンデーが確かに指令を受けたことを確認し、クロコダイルは社長室へと帰って行った。
ざくざくと足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ロビンはあたたかく笑う。


「(本当に、珍しいわね…)」


そう思いながら、扉からベッドの上へと視線を戻した。
クロコダイルは秘密組織の社長で、出された言葉は『指令』だ。失敗すれば、恐らく命に関わるのだろう。…随分と、安い命と指令ね…。

ロビンは微笑ましく思いながら、目の前の『用事』に着手した。


「朝よ、起きて」



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