砂漠に咲いた花
□招集
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それはある日の、朝食前の出来事。
朝食の準備をしているロビンを、クロコダイルがいつものように呼んだ。
「ミス・オールサンデー」
「何?」
彼は今、“珍しく”書類仕事をしている。…もっとも、その仕事は数分前から始まったばかりなので、まだ飽きられては困るのだが。
机の上にそびえる書類の山は三つほどになって、「そろそろ溜めこむのも限界かしら…」とロビンが思ってはや数日。どうやらクロコダイル自身も同じことを思っていたらしい。
自分から、しかも早朝から仕事に取り掛かることなど滅多とないのに、何故だか今日は違う。
本来ならそれに関しての皮肉の一つも言っているところだが、ロビンはあえて何も言わない。言ったところで睨まれるだけだろうし、クロコダイルが誰かに言われて従うような人間ではないことはわかっていたから、言うのを止めた。
そう思っているロビンを知ってか知らずか、クロコダイルは未だ書類に視線を落したままで。
「オフィサーエージェントを招集しろ」
とだけ言った。
準備をしていた手を止めて、ロビンは仕事中の社長の方を見る。
いつもそうであるように葉巻を咥えながら、クロコダイルは書類にペンを走らせていた。
「…それは“今日中”に?」
「そうだ」
「………」
「…どうした、ミス・オールサンデー」
何も言わないまま沈黙していると、ようやくクロコダイルは手を止めてロビンの方を見る。その顔は「何故すぐ行かない」と言いたげで、ロビンも本来ならすぐに仕事に取り掛かる所だ。
しかし、ロビンには一つ気がかりがあって、“それ”が仕事に取り掛かるべき足を止めていた。
…まさか“それ”を、言い出した本人が気付かないわけはないと思ったのだが…。
「…ななしは…どうするのかしら…?」
「……」
ロビンがそうを尋ねると、クロコダイルは静かにペンを置いて椅子に深く座り直す。そうして机の上に肘をつき、指を組んで、少し考えるように黙った。
「……部屋から出るなと言っておけ」
「それには理由がいるわ。わけも分からず閉じ込めるのにも、限界があるもの」
「……」
「…まさか…このレインディナーズに、ななしを置いておこうなんて……考えているの?」
ロビンは率直に問う。
オフィサーエージェントを招集する、と言う事は、『定例会』を開くと言うことだ。
つまり『バロックワークス』としての“極秘会議”を開くということ。
その会議を開く同じ空間に、社員でもなんでもない“一般人”を置いておくなど、まず有り得ない。いくら部屋を離した所で、このレインディナーズの中に居る限り、いつ“万が一”があるかわからないのだ。
それに…もし仮に秘密が知られてしまっては、最悪ななしには死んでもらう必要すらある。
まあななし に“そんなこと”、クロコダイルがするわけはないと思うのだけど…。
「…あの子…“外に出したくないほど大切”…かしら?」
皮肉めいてそう言うと、少し苛立ったような視線が送られてきて、
「…なにが言いたい」
「別に、何も」
「……」
笑顔でそう言って返すと、怒りを吐き出すようなため息をついた。
ロビンは勿論だが、恐らくはクロコダイルも、“ななしをどこへ置くのが最善か”を分かっている。しかしその答えが分かっているはずなのに、それでもまだ彼の口からは最善の答えであるはずの言葉が出ない。
それは、ななしを外の世界へ置いてきてしまうことが嫌なのか、“他の異性”に会わせてしまうことが嫌なのか。あるいはその両方か、それ以外か…。
いずれにしても、クロコダイルがななしを外に出したくないと思っている理由があることは確かなのだろう。言ったところで本人は認めないと思うが、それでも何かを考えているように渋る顔が、何よりの証拠だとロビンは思った。
かと言って、
「なら、今日の定例会は止めれば?」
などと野暮な事は言わない。
極秘会議は『バロックワークス』にとっても、“この国”の今後にとっても、最も重要なことで。それを先送りすることなど、時間的にも無理だ。
もうクロコダイルの企てた“計画”は始まっているし、会議を中止することは計画の破綻を意味する。
今一番優先すべきは会議であり、それにななしの処遇が重なったのは“運が悪かった”としか言いようがない。
…もっとも、そう思うのはクロコダイルくらいなものだろうが。
「……ミス・オールサンデー」
「はい」
その内、「ふぅ」と諦めたような音で煙を吐き出し、クロコダイルはロビンの名を呼んだ。
「ななしを呼んで来い。それと、出かける準備もさせろ」
「分かったわ。…どちらへお出かけ?」
「……」
白々しく行き先を尋ねると、まだ腑に落ちないと言いたげな顔でクロコダイルは告げた。
「……アルバーナだ」
そこは、いずれ“大きな戦い”の舞台となるであろう場所だ。
だが少なくとも今は、このアラバスタ王国の中で一番、安全で豊かな場所だった。