砂漠に咲いた花

□遅刻
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クロコダイルは、内から湧き出てくる“何か”に、腹が立っていた。

その感情は、いつからそこにあっただろうか…。
よく覚えていない。

朝は…「オフィサーエージェントを招集しろ」と言った時は、普通だったはずだ。それなのに、気が付けば心の底に“何か”が溜まっていて。今は、机を指で「トントントントン」と小刻みに叩いている。しかもミス・オールサンデーが指摘するまで気付かないほど、無意識に。朝から今までにあった出来事など数えるほどしかないから、原因はその中にあるのだろうが…。


『…どうして…出かけるんですか…?』

「………」


頭の中に、移動中のななしとの会話がふと思い出されて、クロコダイルは小さく舌打ちをした。
何度か繰り返し訊ねてきた問いを黙殺し、鋭い眼光を向ければ口をつぐんだななしの顔を、言葉を、何故“今”思い出すのか…。その答えが見つけられなくて、クロコダイルの中に正体不明のイライラが積っていく。

…どうしてここで、ななしの顔が浮かぶ? 言葉を思い出す?

ミス・オールサンデーに言った「会議に集中しろ」と言った言葉さえ、自分に返って来る気がした。
今のクロコダイルは、到底“集中”出来ている状態ではない。


「……」


離れて思い出すほど、ななしの存在は大きくない。むしろ会って一週間そこそこしか経っていない人間に抱く感情など、たかが知れいている。
ななしは“何も知らない一般人”であり、そして“ただの居候”だ。

むしろ会議の邪魔になるななしを遠くに置いたことを、“安堵”すべきではないのか。


「(……安堵…?)」


クロコダイルは浮かんだその答えに少し驚き、そうして否定した。

どうして“安心”する必要がある?
まさか“ななしを殺さない”ことに対して………とでも言いたいのか。


「(くだらねェ…)」


クロコダイルは咥えていた葉巻を、忌々しいと言いたげに灰皿にぐしゃりと押し当てて消した。そうして新しい葉巻を取り出して火をつけながら、もう一度同じことを心の中で吐き捨てて答えを消しておく。

まったく、くだらない。

自分が? 他人と離れて寂しいと思う? ふざけるな。
親離れ出来ないガキじゃあるまいし、誰かに対して“寂しい”と思う感情など、この世界で名を上げた時点で捨てたはずだ。

自分しか……自分の力しか…信じてこなかったはずじゃねェか…。


「時間だわ」

「……」


ミス・オールサンデーの声で、意識を戻す。時計を見れば、確かに会議開始の時間を差していた。
数分前から指定の席に腰かけている面子を眺め、ふと、クロコダイルの眉根が何かに気が付いたように寄る。その疑問は普段の光景には“有り得ない”もので、クロコダイルはいつもの名を口にしていた。


「…ミス・オールサンデー」

「はい」

「Mr.2はどうした」


席に座っていたのは、Mr.1のペアとMr.4のペアだけ。Mr.3とMr.5のペアはクロコダイルの出した“指令”が手間取るっているようで、今回は来れないと数時間前に聞いた。
…もっともクロコダイルに言わせれば「手間取るような指令を出した覚えはねェ」らしいのだが、ミス・オールサンデーに言わせれば「巨人族だから仕方ないわ」だそうだ。

ミス・オールサンデーはテーブルを見、あからさまに「本当ね」と言った。そうしてから「お手上げだ」というように手を広げた動作をしながら。


「彼からは何も聞いてないわ。まあ連絡をしてこないということは、来る意思があるということなんでしょうけど…」

「…遅れて来るなら尚更、連絡を入れるべきじゃねェのか」

「そうね。でも、彼のことは分からないもの。私に言われても困るわ」

「………」


もっともな正論を言われて、クロコダイルは黙る。
そうして舌打ちをしてから小さく低く、吐き捨てるように呟いた。


「…どいつもこいつも…、ノロマ共め…」


Mr.2は勿論のこと、「今回は来れない」と連絡をよこした二組もそう。

国の行く末を左右するような重要な招集がかかっているのだ。集合時間までに仕事を済ませるのが、プロと言うものじゃないのか。仕事が遅れて今回は来れないなんてのは、プロとして失格だろう。
あまつさえ連絡をよこさず遅刻してくるなどは、話にもならない。


「……」


クロコダイルは、溜め息をつくように葉巻の煙を吐き出す。
吐き出した煙は霧散して消えたが、胸の奥に溜まるイライラは消えずにむしろ増すばかりで…。
恐らく先程まで考えていた“何か”に対するイライラが、無断遅刻に対する怒りを増大させていた。

これを『八つ当たり』と、人は言う。


「遅れてくるようなノロマに、“用はねェ”」


まるで呪いの言葉を吐き出すように、クロコダイルはそう言った。そうして次の言葉…「始末しろ」という言葉を待っているであろうミス・オールサンデーを呼ぼうと、口を開きかける。

しかし、


「…何か……聞こえるわね…」


そう言って、ミス・オールサンデーは音の方へと視線を向けた。他のオフィサーエージェントたちも音の出所を探るように、辺りを見回している。
クロコダイルも、耳を澄ませてみた。


「………」


確かに、“何か”が聞こえる。
しかもそれは、徐々に大きくなっていくようで。


「……ぉぉぉぉぅ…!!!」

「わぁぁぁぁぁ…!!!」

「…“上”から…聞こえるわね」

「……」


一同が見上げる視線の先には、天井に開いた大きな穴。

その奥の方から、聞き覚えのある声が降って来た。



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