砂漠に咲いた花

□会議@
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勢いで「帰る」と言ったのはいいが、考えてみればななしはクロコダイルの“用事”も行き先も、まったく知らなかった。

『“用事”で出かけているのだとしたら、当然、レインディナーズにはいないのではないか?』

そんな考えにななしが至ったときには、もう足はレインベースの町に降り立ってしまっていて。そうしてそのままペルと別れ、今はレインディナーズの地下通路にいた。
ところが「しまった! 行き先を知らなかった!」とななしが頭を抱えたのも、ほんの数秒のこと。


「…あ……とりあえず、社長室に行けばいいんだ…」


考えてみれば、社長室…あるいは自室にはロビンがいるはずだ。彼女に聞けば、きっとクロコダイルの居場所を教えてくれるだろう。
そうしてロビンに会うまでにななしがすべきことと言えば、会った時に言うべき“言い訳”を考えておくことだった。特にクロコダイルに対する言い訳は、矛盾の無いように考えなければならない。

なにせ、勝手に帰ってきてしまっているのだ。たとえロビンは「フフフッ、若いのね」くらいで済んだとしても、クロコダイルの大目玉は必至だろう。…いや、もう彼の場合は雷かもしれない…。

そりゃあ「ここにいろ」って言うのを勝手に破ったんだし、怒られても当然……なんだよね…。


「………」


怒るクロコダイルと怒られている自分を想像し、次第に足が重くなっていくのを感じながら、ななしはひとまず“自分の部屋”へと向かう。


「だって砂まみれだし……このままじゃ気持ち悪い…」


汗で張り付いた服と肌についた砂が気持ち悪くて、社長室を尋ねることよりも先にシャワーを浴びたい欲求に駆られていた。体育の授業や運動会など…砂埃で汚れることはあっても、ここまで酷くはならないはずだ。
まさかこんなに汚れるなんて予想していなかったが、しかし“アレ”を見れば「当然」と納得してしまう。

ペルとチャカが用意してくれた移動手段は“超カルガモ部隊”という、アラバスタ最速を誇る大きなカルガモ集団で。
当然それに乗って移動することになったのだが、そもそも乗馬の経験すらないななしが、馬より早く走る動物の背に乗るなど無謀にも程がある話だった。
やはりと言うか当然と言うか、何度も落馬…もとい落鳥したのは言うまでも無く。
砂の上を無様に転がり続けるななしを見兼ねてペルが「…一緒に乗っていこう」と言ってくれたのに、あまり時間はかからなかった。


「…とにかく、部屋に帰ってお風呂に入って着替えてから、それから社長室に行こう…」


外はすっかり日が落ちてしまっていたが、迎えに来るのが明日ならそれまでまだ時間もある。
部屋に戻って着替えている間に、ゆっくり言い訳を考えたらいいじゃないか。





…と、廊下で思っていたのが数分前。
現在ななしはと言えば、


「まーったく、ジョーダンじゃないわよーう!!!」


オカマに捕まっていた。


「んがーっはっはっは。アンタもそう思わなーい?」

「あぁ…まあ……そうですね…」


…いや、“捕まる”と言うのは少し語弊がある。
正しくは、


「それにしても、アンタがいて助かったわよーう!! あちしだけじゃ、辿りつけないところだったわん」

「ここ同じ景色ばっかりですから…迷いますよね…」

「そーうよねーい! まったく、ジョーーダンじゃないわよーう!!」


“道案内をしている”と言うべきか…。

部屋へと帰るべく廊下を歩いていたななしと、この男が出会ったのがほんの数分前。
聞けばどうやら「迷った」らしい男を、成り行きでななしが案内することになってしまっていた。
…と言うか、男の高すぎるテンションと怪しいオーラに気押されている間に、勝手に「案内する」と言うことになっていたのだ。正直、ななしの口から案内の「あ」の字だって出た覚えはない。

しかしあっという間に状況は進み、現在進行形で案内中と言うわけだ。


「(…本当は先に部屋に帰りたかったんだけどな……)」


隣を歩く男に気付かれないように、ひっそりとななしは溜め息をつく。まだ肌には不快感が残っているし口の中もなんだか「じゃりじゃり」するのだが、もうこうなってしまっては仕方ない。

偶然なのか、男の向かおうとしている“場所”は、ななしの行こうとしている“場所”と同じだった。なので強制的とはいえ、ななしは優先順位を入れ替える。
ロビンはこの汚れた格好を見て呆れるかもしれないが、成り行き上仕方なく…と言うことで許して欲しい。


「ところで、“社長室”に何の用で………え?」


隣に視線を移し、そう問いかけたななしの表情が、一瞬で固まる。
「じっ」と見つめた先で男は口を尖らせてくるくると回りながら、時折下品に「んがーっはっはっは」と笑っていた。…何故か“女”の声で。


「あーら、なーに言ってんのう?」

「……!!?」

「0ちゃんから招集受けてんでしょーう? 今から“定例会”じゃないのよーう!!」

「……」

「…アーンタ顔真っ白だけドゥ、一体ドゥーしたってーのよーう!!」

「……かお…が…」


ななしは、男の言うようにまるで幽霊でも見たように蒼白な顔になりながら隣を指差す。
指の先にいたのは先程から一緒に歩く男だったが、しかし一つだけ“違和感”があった。


「…か、顔が……私……!?」


男の顔が、いつの間にか“ななしに”変化していたのだ。…いや、よく見れば体も先程のがっしりした大柄な体躯から小柄なものに変わっている。声も、恐らくななしの声だ。
いつの間にか、男が“女”になっていた。

まさかマジックか、瞬間移動かと疑ってしまう。だが、まるで別人になった目の前の人間は「んがははは」と大口を開けて下品に笑うので、恐らく先程の男なのだろう。…まあ正直、笑っている顔が自分なので、妙な感覚と若干の嫌悪感は隠せないのだが。

そんなななしの嫌そうな顔をもろともしない男は、


「これは、あちしの“マネマネの実”の能力よーう」

「マネマネの…実…?」

「そーうよーう! あちしたちがここで出会ったのも何かの縁!! だーから案内のお礼も兼ねて見ーせてあげようと思ったのよーう」

「…悪魔の実の…能力者…!!?」

「あーらアンタ、悪魔の実の能力者を見るのは初めてなのーう?」


そう問いかけた男に「…いえ」と短くななしは答える。

“悪魔の実の能力者”

という単語を聞いたのは、これで二度目だ。…いや、“能力者”という単語だけなら、三度目だろうか。
超カルガモに乗ってサンドラ河まで移動してから、ペルに“乗せてもらって”レインベースまで移動している最中に聞いたのだ。
ペルも、今隣でななしに成っている男と同じ“能力者”だった。確かゾオン系…という種類の能力者だそうだが、目の前で人が隼に変身する姿には、何度目をこすって錯覚じゃないかと確かめた事か。

そして何度も「重いのにすいません…」とペルの背で言いながら、彼から教えてもらった。

この国…いや“世界”には、沢山の“悪魔の実の能力者”と呼ばれる人たちが存在していること。
“悪魔の実”はおおまかに三種類あること。
その“実”を口にした者は、一生泳げなくなるカナヅチになること。

…そしてクロコダイルも、その“能力者”であること。


「……」


王宮で「クロコダイルも能力者だ」だと聞いてはいたので驚きはしなかったものの、ペルから聞いた説明はななしの想像を超えていた。なんと言うかもう…超能力なんてレベルじゃない。
まあ“トリトリの実”のペルが隼になって、“マネマネの実”のこの男が他人に成れるのだから…。
“スナスナの実”のクロコダイルは、つまり“砂になれる”ということなんだろう。
…と見当はついたが、想像はさっぱりつかなかった。

一方、ななしの小さい返事を「へーえ、そーうなのーう?」と相変わらず独特な間の伸ばし方で答えた男は、左手で自分の左頬に触れる。
一瞬で顔がすり替わるように、ななしから元の男の顔へと戻った。


「アーンタたち“フロンティアエージェント”には、能力者なんて珍スィーかもしれないけドゥ」

「…いや、あの、さっき“見るのは初めてじゃない”って返事を……」

「あちしたち“オフィサーエージェント”のほっとんどは能力者なのよねーい!  まあ、デブちんとミス・ゴールデンウィークは能力者じゃなーいけドゥ〜」

「? …はぁ…」

「あちしの能力は“他人の顔をメモリーすること”よーう! 右手で触った人間の顔をメモリーできて、解除する時は左手で触れるだけ!! 簡単でショーう?」

「だから…、さっき私の顔を…?」


ななしは小さく呟く。
そう言えば最初に会った時、「ほっぺにゴーミが付いてるわよーう」だかなんだか言って右頬を触られた。…だからななしの顔をコピー出来た…と言うことなのだろうか…。


「勿論、あらゆる人間の顔はメモリーしてるわよーう!! 例えば、こんな風に!」


そう言って、男はまた右手で自分の右頬に触る。またすり替わったように、一瞬で別の男の顔になった。

かと思えばまた右手で右頬に触れる。まるでスライドショーを見ているように、次々と顔が替わっていった。
サングラスをかけた男に、背の低いオバチャンに、ヒゲをたくわえた老人に、眼鏡をかけた男に、若い女に、青年に、嘲笑を浮かべる女に、オールバックの男に顔に傷の……


「……今の…」

「ん? これ?」

「違う…その一つ前…ッ」


男が止めた顔は見たことも無い顔だったが、ななしが見たかったのはその一つ前。
言われた通りに男が顔を一つ戻せば、今度は見覚えのある顔が現れた。

見覚えがあって、そして今はあまり会いたくない顔だ。


「……クロコダイルさん…まで…?」


そう言うと、男は顔を元に戻す。


「あーら、一応“オフィサーエージェント”と“ボス”の顔はメモリーしてるわよーう。ま、使う機会なんてほとんどナッスィーングなんだけドゥ〜!」

「…“エージェント”と…“ボス”…?」


小さく、オウムのようにななしは返した。その頭の上を、疑問符がぐるぐると駆け回っている。

さっきから、この男との会話の端々が妙に噛みあわない。
男はさもななしも知っているかのように、しきりに「定例会」という言葉を口にするし、ななしのことを「フロンティアエージェント」と呼んでいる。

……もしかして、誰かと勘違いしてるのかな…。

とななしは思ったのだが、男のテンションと話の早さに、疑問が挟めずにいた。
男は「そーうだったわねーい!!」と言ったかと思うと、今まで見たことの無いような神妙な顔つきになって「ずいっ」とななしへと顔を近づける。


「アーンタも今日の“定例会”で知ることになるでしょうけドゥ。この際だから、先に言っておくわん!?」

「いや、だからあの… “定例会”って何の…」

「さっき見た男…表の世界じゃ『サー・クロコダイル』と呼ばれているあの男が、あちしたち秘密組織『バロックワークス』のボスなのよーう!!!」

「………え…?」

「ドゥ? あまりの衝撃に、びっくらこき過ぎちゃったかしらん!?」


「んがーっはっはっは!!」と笑いながら再び回転を始めた男の隣で、ななしは小さくその言葉を復唱した。

その言葉からは、黒く悪い印象しか受けなくて。


「……秘密…組織…?」


そうして、その印象を肯定するように、男は「そーうよーう」と言った。



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