砂漠に咲いた花
□会議A
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「賞金稼ぎに始まって暗殺や諜報もやっちゃうような犯罪組織のボスが、まーさか王下七武海だなんて、政府も…いいえ、世界だって思わないでしょうねーい!! 0ちゃんも随分な役者じゃなーい?」
「………うそ……」
「アン?」
「…嘘…です、そんな…!! だって…、だってクロコダイルさんは“英雄”って言われてるんですよ!!? そんな人が、犯罪組織のボスなんて…っ!!」
「アーンタ、バーッカじゃないのーう?」
「……っ」
まだ顔を近づけたままの男は、精一杯否定を絞り出したななしの言葉を、あっさりと一蹴した。
「あーれは演技よ、エ・ン・ギ!! おバカな人間どもを騙すための芝居に決まってんじゃなーいのよーう!!」
「…そんな…」
「それに今、アラバスタで起きている内乱を“企てた張本人”は、0ちゃんよう!? “英雄”なんて言われてる人間が、そーんなことすると思う?」
「……」
ななしはぴたりと歩みを止める。
そうして数歩先へ進んでから同じく歩みを止めた男に、
「……ないで…」
自分でもびっくりするほどの剣幕と声で、噛みついた。
「デタラメ言わないで下さいッ!!」
「…!!?」
男はその剣幕に一瞬ひるんだが、しかし次には言われたことを理解して「デタラメじゃないわよーう!!」と言う。その顔には「ドゥーして怒ってるの?」と困惑気味に書かれていたが、そんなのななしの知ったことではない。
血の上った頭はまだ噛みつき足りなくて、「いいえ!!」と言って、また否定した。
……違う。
そんなこと、“あるわけがない”。
「確かに“悪魔の実の能力”は認めます! でも、“犯罪組織”の話は信じられません!!」
「信じないって……アンタ、『バロックワークス』の社員じゃないのよーう!!」
「社員? 何のことですか…? 私は“居候の一般人”です!」
大声でそう言い切ると、そこに少しの間が空いた。
「……えぇェェェッ!!!?」
そして今度は男が大声を出す。…いや、大声と言うよりも絶叫に近いかもしれない。
とにかく思いっきり壁まで後ずさり、飛び出るんじゃないかというくらい目を見開いてななしを見ている。その視線の先で、まだむっとした顔を止めないななしと男との間に、少しの間沈黙が流れた。
「……社員じゃ…ない…?」
「はい」
「居候…?」
「はい」
「…あ、あちしはてっきり、Mr.5辺りがしくじってMr.6とミス・マザーズデーがオフィサーエージェントに繰り上がったんだと……」
「? いいえ、全然違います」
「………」
「……」
再び沈黙が少し流れ、かと思えば急に男が頭を抱えて膝から崩れ落ちる。その顔は気付けば真っ青で、しきりに「マズいわよう…」と呟いていた。
「てっきり“フロンティアエージェント”だと思ったから色々喋っちゃったけドゥ、“ただの一般人”なら…」
「?」
「ボスに…0ちゃんに殺されちゃう…。あちし…確実に“始末”されちゃうじゃないのよーう!!!」
「な…っ! だから、クロコダイルさんは“そんなこと”…」
「するわよーう!!!」
「…!?」
「第一、アーンタさっきから「そんなことしない」とか「信じられない」とか言ってるけドゥ、一体なーにを根拠に言ってるのよう!!」
「……それは…」
「そもそもアンタ…0ちゃんのなーにを知ってるってのーう!??」
「……っ」
“彼の何を知っているのか”
その言葉が一瞬でななしの心臓を掴み、血の上った頭を冷ましていく。
「あちしの知る限り、0ちゃんは冷酷で極悪非道で血も涙も無い、悪魔のような人間!! 近くに置く人間は、使える奴か利用価値のある人間だけ!! 使えない人間は即始末!! そんな男よう!!?」
「…そんな……そんなこと…」
あるわけがない…。
その7文字が言えず、言葉が喉の奥で引っ掛かった。
ななしは、この男の言う“Mr.0”としてのクロコダイルを知らない。だから、彼の言う『冷酷で極悪非道人間』のクロコダイルが想像できずにいる。
確かに一週間そこそこしか世話になっていないが、ななしには“優しい”あの人が…。そんな非道な事…するわけ無いじゃないか…。
否定したい気持ちは山ほどあるのに、何故か強く言うことができない。
「……だから…」
男は茫然としているななしを尻目に、ゆっくりとした動作で立ち上がる。そうして背負っていた白鳥を取り外し、そのままつま先へと取り付けた。
一連の動作が終わると、ななしの方を見て、何やら構える。
外見の軽い雰囲気とは真逆の、驚くほど真面目で低い声を男は出した。
「だから、アンタにはここで…死んでもらうわん…!!?」
「え…っ?」
それは、一瞬の出来事。
ななしが一言を発し後ずさった瞬間には、もう目の前に男のつま先…正確には背負っていた白鳥が迫っていた。
突然のことに驚いて仰け反ると、足がもつれ壁に背を打って尻もちをつく。それに「いた…っ」と言う間もなく、頭上で「どんっ」という音がした。
恐る恐る見上げて見れば、男のつま先が壁にめり込んでいる。しかも周りにはヒビ一つ入っていなくて、綺麗につま先の白鳥だけが壁に刺さっていた。
「組織のモットーは“秘密”…! 一般人のアンタに話したことがバレたら、あちしの“始末”は確定…!! …だから今ここで、証拠を消させてもらうわよう!!」
「……ッ」
ななしを睨んでくる瞳が、男が本気なのだと告げていて。
本当に“殺される”と、そう思った。
その思考が背筋を通って脳へと届いた瞬間、ななしはその場から弾かれるように離れていた。男がまだつま先を壁から抜いていない間に、歩いてきた道を猛然とダッシュで戻る。
「逃げられた」と言うことに気付いた男が声を上げたのは、ななしが走り出した数秒後で。
「んなッ…!! まーちなさいよーう!!!」
「ま、待ちません…っ!!」
「アーンタが逃げたらバーレちゃうじゃないのよーう!! 大人しく殺されちゃいなさいよーう!」
「…っ」
男はまだつま先に白鳥をつけたままで、しかも「オカマデャーッシュ!!」と言いながら追いかけてくる。…な、なんで手を上げただけなのにちょっとスピードが速くなってるの!?
「(どうしよう…どうしたらいい…!?)」
廊下をこれ以上ないくらい必死に走りながら、ななしは考えた。
このまま部屋に帰る?
しかしあの男の脚力なら、鍵をかけても余裕でドアなど蹴破られるだろう。
ならば、社長室にいるだろうロビンに助けを求める?
…いや、今走っている方向とは逆だ。進行方向に逃げていれば良かったのだが、しかし今そんなことを考えても仕方ない。
だったら外に助けを求め……でもそれじゃあ騒ぎになるし、外に出るまで男に捕まらない保証が無い。
既に砂の上に転がり続け、長距離を移動してきたななしの体力は、ほとんど無かった。
明日は絶対筋肉痛だ…なんて思っている人間が、背後でまだ「まーちなさいよーう!!」と言って猛スピードで追いかけてくる人間から、逃げられるわけがない。もって数分…運が悪くて数十秒が限度だと、頭のどこかでは思っていた。
「って……しまった…!!」
走った勢いで曲がった角は“行き止まり”。目の前の壁が、これ以上の進行を拒絶していた。
そうして「戻らなきゃ…」と振り返ったななしの前には男がいて。
「よーうやく追いついたわねー…」
少し息を切らせながら男がそう言った瞬間、二人の立っていた床が「ばかっ」と音を立てて割れた。
一瞬にして、身体は無重力状態になる。浮遊感と、ぞわりと身体の中を嫌悪感が駆けていき、かと思えば暗闇へと落ちていく。
一週間ほど前に味わった、できればもう二度と体験したくなかった“あの”感覚…。
いくら二度目とは言え、やはりというか慣れるものではない。
「しまったぁぁぁぁっ!!!」
落とし穴や罠の場所は一応ロビンから聞いて把握していたはずなのに、あまりのパニックで忘れていた。…いや、もしかしたら新しく作った場所を知らなかっただけかもしれない。
なんて悠長に思う余裕など、今のななしにあるわけはなく。
「まぁぁちなさいよぉぉぉう…!!!」
「いやぁぁぁぁ…っ!!」
おまけに、平泳ぎをするように空気を掻きながら、男がななしの方へと近づいて来ていた。男との距離は少し開いていた気がしたのに、平泳ぎの所為か徐々にその距離が縮まってきている。
そうして男の指先がななしの足へと届きかけた時。
幸運にも、落とし穴の出口へと辿りついた。
二度目とは言えど、落ち方は同じで。一度目と同じく、ななしは背を強打して床への帰還を果たす。相変わらず頭も打ったし一瞬呼吸が止まった気がして、落下距離が長かったのか最初の頃より痛かった気がした。
一瞬止まった肺に酸素を送りながら、ななしは床の上で身を捩る。
「…が……は……っ!!」
「…よ、ようやく…捕まえたわよーう…」
「……っ」
こちらはちゃんと着地出来たのか、上から男の声が降って来る。少し息は上がっているらしいが、それでもまだ動けるようだ。
一方で、まだ床に張り付いたままのななしは動けずにいる。頭のどこかでは「逃げなきゃ…」と思っているのに、既に疲労も体力も限界を迎えたのか体が言うことを聞いてくれない。たとえ動けたとしても、今すぐには無理そうだ。
そうして、もうダメかと覚悟を決めかけた時、男とは別の声が降って来た。
「……何をしている、Mr.2…」
「…ぜ、0ちゃん…!!?」
「……!!?」
低く空気を震わせるその声は、少しばかりの不機嫌を孕んでいるようにも聞こえる。
ようやく少し動けるようになってななしが上体を起こして声のする方を見れば、そこに立っていたのはやはり予想通りの人物で。
男が「0ちゃん」と呼び、ななしの居候している家の主。
そして今は、あまり会いたくなかった人だ。