砂漠に咲いた花

□会議B
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「クロコダイル……さん…」

「…何故てめェがここにいる。ななし…」

「……そ…それは…」

「ぜ、0ちゃん!!」

「……?」


片方の眉を上げて、クロコダイルは怪訝そうに尋ねた。一体何と説明したらいいかをななしが迷っている間に、背後で立っていた男が慌てた声で割って入る。
それに何だろうかと聞き耳を立てると同時、


「この女…“スパイ”よーう!!? あちしたちのこと、色々嗅ぎまわってたわん!!」

「……え…?」


男の言葉に、一瞬、耳を疑った。
今…この男は何と言った…? スパイ? 誰が? 色々嗅ぎまわってた? …そんな勝手な…。


「何を…根拠に…っ、あれは勝手にそっちが…」

「だーまりなさいよーう!! アンタ、色々聞いてきたじゃないのよーう!!」

「そんなの…デタラメで……っ」


そこまで言いかけて、言葉が喉の奥に張り付いた。

“背後”から注がれる視線…いや、あれは殺気のようなものだろうか。背後にあるテーブルから、敵意に満ちた複数の視線がななしに注がれている。
その背中に刺さる“圧”や、何とも言えない緊張感を含んだ空気に、ななしは言葉を発することが出来ない。

背後を振り返れば、少しでも身じろぎすれば、その瞬間に殺されそうな気がして。蛇に睨まれた蛙のように、その場から動くことができない。顔からは血の気が引いて次第に呼吸も苦しくなり、徐々に呼吸が速くなる。
背を、冷たい汗が伝った。


「…あ……わ、わたし…」

「だからあちしが、今ここで始末してやるわん!!?」


そう言って男が再び白鳥とともに構え、一撃を繰り出すかと言うところで


「…その必要はねェ」


低いクロコダイルの声が、男の攻撃を制止する。
その声を聞くと、背中に刺さっていた殺気が少しだけ和らいだ気がして、ななしはまともな呼吸が出来た。

しかし、ななしの耳元で「さらさら…」と何かを流すような音が聞こえたと同時。


「…っが……!!」


落とし穴から落ちた時かそれ以上の衝撃が、背に伝わっていた。呼吸が止まったのも、一瞬どころでは無かった気がする。
“壁に叩きつけられた”とななしが把握したのは、周囲に見慣れた細い白壁を見た時で。
ななしは一瞬の内に、廊下の壁まで移動していた。突然の瞬間移動に、まだ頭が混乱から抜けられなくて、状況が把握できない。

しかし、一つだけ確かに言えるのは


「もう一度だけ聞くぞ、ななし…」


目の前に、ななしの首に右手をかけた、クロコダイルが立っているという事だ。
不機嫌そうに葉巻を咥えているのはいつものことだが、その表情は先程より一層怪訝そうだった。


「…何故てめェがここにいる…。アルバーナで『待ってろ』と、言ったはずだ」

「そ、それは…っ」


言葉につまったななしの視線が、クロコダイルの足元で止まる。
まるで砂時計を逆回しで見ているように、社長室から流れてきた“砂”がクロコダイルの足元に集まっていった。そうして元の彼の足を作っていく。

頭の中を、ペルの言葉がよぎった。


「スナスナの実の…能力者……」

「…答えになってねェが…“それ”は誰から聞いた。Mr.2か…?」

「い…いえ……」


小さく、そう答える。その反応に、「そうか…」とだけ答えたクロコダイルは、まだ離さないななしへと顔を近づけた。相変わらず低い声で「答えねェなら質問を変えよう」と言ってから、またななしの名を呼ぶ。


「ななし」

「…は、はい……っ」

「お前は“何か聞いたか”?」


短いその問いを深く考える間もなく、ななしの口は咄嗟に答えていた。


「……いえ…」

「なら“何か見たか”?」

「いいえ…っ!!」

「……そうか…」


そう短く答え、クロコダイルはようやく手を離す。支えを失ったななしはそのまま「ぺたり」と床へと座り込んだ。その様子を黙って見ていたクロコダイルは、かと思えばコートと共に身を翻す。


「なら、てめェは“何も知らねェ”と言うことだ。何も知らねェ人間を“始末”する必要は…ねェな」

「……あの…」

「…今から“会議”がある。さっさと部屋に帰って、風呂にでも入って寝ろ」

「…わ、私……」

「ぜ、0ちゃん…?」

「…さっさと席に着け、Mr.2…!! 今から“会議”を始める」


部屋の方から、少しの緊張を含んだ男の声がして。それにななしへと背を向けたままのクロコダイルは、少し苛立ったように答えた。
それから、まるで吐き捨てるように


「“社長室には近づくな”。…それ以上は“何も言わねェ”」

「……っ」


と言って、また社長室へと戻っていく。
悠然と階段を下りて徐々に見えなくなっていく背を、重々しい社長室の扉が閉まるまでななしは茫然と眺めていた。

何も考えられない頭の中で、男の言った言葉が反芻される。

『0ちゃんは冷酷で極悪非道な血も涙も無い悪魔のような人間!!』

『秘密犯罪組織のボスなのよーう!!』

『今、アラバスタで起こっている内乱を“企てた張本人”が、0ちゃんなのよーう!!』


「……そんなの…」


否定したかった。

そんな悪事に手を染めているなど信じたくなかったし、今でもそう思っている。
しかし現に今、この扉の向こうで行われている“会議”は、男の言う『バロックワークス』の秘密会議だ。つまり、男の言った言葉も100%嘘ではないと言うことで…。

否が応にもそれらが真実なのだと、言われているようだった。


『0ちゃんのなーにを知ってるってのーう!??』

「………」


必死になって「違う」と否定しても、ななしはクロコダイルと出会ってからまだ日が浅い。そもそも出会って一週間そこそこの付き合いで、すべてを把握するのは不可能とも言えるだろう。

しかしこの一週間世話になって、クロコダイルがあの男の言うように「血も涙も無い極悪非道人間」であると信じることも出来なかった。
何故ならななしが見てきたクロコダイルは、そんなことは欠片も“見せなかった”から…。


「……そっか…」


ななしは膝を抱えて座り直す。そうして膝の間に顔を埋めながら、


「私…何も知らないんだ…」


見せない…見ていない…。
今まで見てきた『彼』が、すべてじゃないんだ…。

ぽつりとななしが吐いた言葉は、誰に届くでもなく長い空間に溶けて消えた。



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