砂漠に咲いた花

□帰還
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会議を終えてクロコダイルが部屋を出ると、足元に“何か”が転がっていた。

まるで小さくなって消えてしまいたいように「ぎゅっ」とうずくまっている“それ”に、呆れの混じった溜め息と共に声をかける。


「…何してやがる」

「………」


ゆっくりとした動作で顔を上げたななしの目は、泣いていたのか真っ赤になっていた。
そうして少し水っぽい「ぐず…っ」という音をさせながら、ゆるゆると立ちあがる。時折目元をごしごしこすっている辺り、まだ涙は乾いていないようだ。

そのななしの動作を黙って見ながら、クロコダイルは再び呆れの混じった声を出す。


「…おれは“部屋に帰って、風呂に入って寝ろ”と言っていたはずだが?」

「……だって…あの…部屋に帰っちゃったら、来にくいと言うか…。クロコダイルさんが会ってくれないような気がして……」

「だから泣いて待ってやがったのか? 鼻水垂らして」

「た、垂らしてません! ちゃんと…!」

「ちゃんと…どうした?」

「…そ、そんなことより…っ」


恐らく、危うく口を滑らせて「拭いてます!」とでも言うつもりだったのだろうか。一瞬言葉につまったななしは、クロコダイルの問いに強引に話を変えた。クロコダイルはその反応に、喉の奥で笑っている。


「さっきの…話なんですけど……」

「その前に、おれからも一つ聞きてェことがある」


しかしななしが話をしようとした話題を、強引にクロコダイルがすり替えた。
それに不満そうな顔をするかと思ったが、ななしもあっさり質問の方に話が流れ、受け入れる返事をする。心なしか、少しななしの背筋がしゃきっと伸びた気がした。


「っ、あ、はい…っ」

「“何故帰って来た”…?」

「……」

「アルバーナで待ってろと、おれは言ったはずだ」

「……それは…」


ななしは少し考えるように視線を外す。かと思えば、まだ赤い目をクロコダイルに合わせて。


「離れたく…なかったからです…」

「………」

「や、べ、別に変な意味じゃないですよ!? ……その…やっぱり、理由も言ってくれないのに、いきなり遠くに置き去りにされるのは…ちょっと……いやだなって…」


「思って…」と続くななしの言葉は、消え入りそうなほど小さくなっていく。
それを聞きながら、クロコダイルは溜め息をつくように煙を吐き出した。


「…それで帰って来たのか」

「……まあ…そうです…」

「移動はどうした? アルバーナからここまでは、かなり距離がある」

「ペルさんに送ってもらって…、あ、途中までは“超カルガモ”って鳥に乗って……」

「そうか…」


また煙を吐き出したクロコダイルは、右手をななしへと伸ばす。定例会前に壁に叩きつけたことが尾を引いているのか、一瞬だけななしの顔が強張り、肩が「びくっ」と震えていた。
しかし、それに気付かないフリをして、そのまま頬に触れる。

ゆっくりと指先で顔の輪郭や頬を撫でながら、付いていた砂を拭った。


「……随分、汚れたな…」

「っ、ち、超カルガモに乗ろうと思ったらうまく乗れなくて、何度か落ちたので…。あ、でもペルさんが一緒に乗ってくれたので、なんとか移動出来ましたけど…」

「………」

「…クロコダイルさん…?」

「…これ以上汚れた格好でウロウロされても迷惑だ。さっさと部屋に帰って風呂に入れ」

「え、あ、はい…っ」


少しだけ棘のある声を出すと、再び背筋をびしっと伸ばしてななしは返事をする。しかしその顔はまだ腑に落ちないと言う顔をしていて、出てきた言葉も「でも…」だった。


「あの、私まだ聞きたいことが……」

「…これが最後だ、『さっさと風呂に入れ』」

「…は、はい…っ!!」


鋭い眼光を向けてゆっくり言えば、ななしは再び勢いよく返事をした。そうしてクロコダイルと一緒に歩き出し、部屋へと帰っていく。


「…まさか……お風呂に入るまで確認するんですか…?」

「安心しろ。部屋には入らねェ」

「そ、そうですか…」

「その間、次に着る服を決めておいてやる。次からはそれを着ろ」

「え、あ、いや、それはあの……自分で決め……」

「何か言ったか」

「……いえ……なにも…」


などと言いながら遠ざかっていく二人の会話を、社長室にある階段の下でロビンは聞いていた。そうして“能力”でそばだてていた耳と目を戻し、「フフフッ」と微笑ましく笑う。


「どう? 面白いでしょう?」

「……そうね、面白いと言うよりは、興味深い…かしら…」


社長室にいるのは、先程まで定例会をしていた面子だ。
しかし今は大人しく席に着いているのはMr.1だけで、彼らのほとんどは社長室の扉に張り付いる。そうしてこっそりと、廊下での事の顛末を観察していた。
ミス・ダブルフィンガーは扉から離れ、階段下で微笑ましく笑っているロビンに率直な感想を述べる。
他の面子も、一様に開いた口が塞がらないと言いたげだ。


「あーんなに0ちゃんと親しげに話すなんて…! あの子、一体何者なのよーう!!」

「確かに普通じゃないわね。…外見はどう見ても“普通”だったのに…」

「まああの時ヤっちまわなくて正解だったなMr.2!! 殺しちまってたら、今頃はお前の首が飛んでただろうさね!!」

「ふぉ〜〜っふぉ〜〜っふぉ〜〜」

「うっさいわねいオバハン!! ……でもでも、あの子あちしのことなーにか言ってないかしらん!!? 妙なこと言われたら、あちしの命が危ないわよーう!!」

「………」


心配そうなMr.2の言葉を受け、ロビンは再び“能力”で耳をそばだてる。
そうして数秒間無言になって、階段の上を見上げると「にこっ」と微笑んだ。


「どうやら大丈夫みたいね。むしろ「怒らないであげて」って言ってるみたい」

「…あの子……あちしが罪をなすりつけたのに…!!」

「……ミス・オールサンデー」

「何かしら?」


ロビンの言葉を受けて滝の涙を流しているMr.2を尻目に、ミス・ダブルフィンガーはロビンの名を呼んだ。
そうして口から出るのは、Mr.2と同じ質問。


「あの子…“何者”なの? 能力者…には見えないし、エージェントってわけでも…なさそうね」

「エージェンドじゃなぐで、“居候の一般人”って自分で言っでだわよーう!??」

「フフフッ、そうね。彼女はこの地下に住んでる“居候”で、“何も知らない一般人”よ」

「…それじゃあ答えになってないわ、ミス・オールサンデー」

「………」


その場にいる全員の視線を集め、ロビンは再び「フフフッ」と意味深に笑う。
かと思えば両手を広げて


「私にも、よく分からないの」


心底お手上げだと言わんばかりに、そう言った。


「ちょっと…散々引っ張っておいてそれなの?」

「そうさねまったく!! こちとらあの娘の正体を知ってるとばかり思ってたよ!!!」

「あら、ごめんなさい? あの子とは出会ってまだ一週間程度しか経ってないから、詳しいことはよく分からないのよ」


正直な意見だ。何一つ、間違ったことは言っていない。
しかし、「でも…」とロビンは言葉を継いだ。


「彼…ボスのやろうとしている理想郷が完成した暁には、きっと彼女はここにいる誰よりも“高い地位”に就いているんじゃないかしら」


その遠回しな言い方に、Mr.2は「ドゥー言うことよーう!??」と回っている。たが、他のエージェントはなんとなくわかったようで。
ミス・ダブルフィンガーも即座に理解したらしく、「…成程…ね」と小さく口にした。


「(……とは言っても…)」


ロビンはMr.2以外の一同が納得している中、ひっそり思い、そして心の中だけで付け加えた。

「確かだ」と言ったけれど、それは今より関係が“進めば”…の話になるわね…。




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