短編

□君の想い、君の香り
2ページ/2ページ


素知らぬフリをして隠そうとしていたことは、ロビンによってあっさりとバレてしまった。


「…………」

「………」


沈黙が少し下りて、ななしの背に冷たい汗が流れ落ちる。
遠くに見えるロビンは、いつものように微笑みながら「あら…内緒だったかしら?」と言っていた。…微笑む顔はいつもと同じなのに、今は悪魔が笑っているようにしか見えない。
ロビンに恨めしい視線を投げていると、一音下がった低い声が鼓膜を震わせた。


「…ななし」

「あっ、はい…っ!!」

「おれは“預かってきた”と聞いたが…、どっちが本当だ」

「あの……それは…」


視線だけをこちらによこしてきたクロコダイルの横顔は、一目でそれと分かるほど不機嫌に見えた。
…当然と言えば当然だ。なんたってななしは嘘をついたわけだし、渡そうとした“それ”は捉え方によってはクロコダイルに対する嫌がらせに映る。

言葉を必死で考えていたななしだったが、その内観念したように小さく「…すいません…」と言った。
隠し通すより、認めてしまった方が潔い。


「預かってきた、って言うのは嘘です。私が買ってきました」

「…いつ買ってきた。あれは…“ナノハナ”のものだ」

「この間クロコダイルさんがいなかった時…、ロビンとちょっと買い物に行って…」


淡々と説明していくななしに、訝しんだ様子でクロコダイルはロビンの方を見る。遠くでロビンが「えぇ、本当よ」と言っていたのが聞こえた。

そう、少し前。
ロビンがナノハナと言う所へ出掛けると言うので、無理を言ってついて行ったことがあった。前にその場所は「香水が有名だ」と聞かされていたから見に行きたかった…と言うのは建前で、偶然にもクロコダイルの誕生日と重なっていたので丁度いいと思ったのが本音だ。
…もっともその日のことはクロコダイルに内緒にしていたので、彼は今までその日は“ななしは一日中部屋にいた”と思っていたと思うが。


「いい匂いだったし、あの…クロコダイルさんこの間誕生日だったじゃないですか。丁度いいかなって…思ったんですが…」


そしてその時買ったのが、今ロビンが持っている青色のビン。

しかし、買った時は予想も想像もしていなかった。

まさかクロコダイルが悪魔の実と言われる不思議なものの能力者で、その能力が“砂”だと言うことを。


「…クロコダイルさん、確か“水”嫌い…ですよね…?」

「………」



能力の事を知った定例会に、事故で乗り込んだのが香水を買った数日後で。そのことを思い出したのが、数分前だった。
扉の前で突然それを思い出し、帰ろうか誤魔化そうかと悩んでいた所にクロコダイルがやって来たのだ。そうして咄嗟に誤魔化すことに決め、結果は現在に至る。

おそるおそる、ななしは見上げてみた。しかしクロコダイルは黙って葉巻をふかして、こちらの方には視線を合わせない。もう先程まであった不機嫌は無くなっているようだが、それでも口を開いてくれないことにななしは無性に不安になる。
だから、繕うようにぎこちなく笑った。


「…だからその…あれとは別に何か買ってきます…! クロコダイルさんは何が好きですか? あ、物が嫌だったら食べ物でも…」


「買ってきますけど…」と言いかけたななしの言葉を聞き終えるより早く、クロコダイルは黙って踵を返す。翻った深緑色のファーコートを目で追って、歩き去ろうとする背に慌てて声をかけた。

……やっぱり、怒ってる…!!


「すいません、クロコダイルさんっ。あの…買った時は知らなくて……わざとじゃ…」

「いつまで言い訳じみたことを言ってる気だ、ななし。さっさとついて来い、…出かけるぞ」


しかしななしが思っていた以上に、クロコダイルの声は穏やかで。むしろ振り返ってきた顔は、いつもと同じものだった。むしろ立ち止まったままのななしを見て、「早く来い」と威圧の視線を送っている。
その視線に、ななしはその場に立ったままで疑問を投げた。


「あの、どこへ…ですか…?」

「なんだ、ななし。“何か買ってくる”と言ったのを、もう忘れたのか」

「え、あ、…いえ、覚えてます…」

「なら、目的も自然と見えてくるじゃねェか」


わずかに笑いながら言ったクロコダイルの言葉を、ななしは考える。

つまりそれは、『今から買い物に行く』ということ…なのだろうか。クロコダイルは今仕事を終えて帰って来たばかりで、しかもまだ他の仕事も残っているだろうに…。


「あの…っ、いいんですか? まだ仕事が…」

「それは問題ねェだろう。なァ、ミス・オールサンデー」

「……そうね。ななしは気にせず、買い物してくると良いわ」

「…だそうだ」

「あ……はい…」


ななしの目には、クロコダイルが残りの仕事をロビンに“押し付けた”ように見えた。
しかしそのことを指摘することが出来ず、ななしは黙って心の中だけで思うだけにする。…この大人二人に意見出来るほど、まだななしには勇気が無かった。

そうしてななしが黙っていると、クロコダイルがもう一度「ななし」と名を呼ぶ。


「さっさと行くぞ」

「は、はいっ」


依然として動く気配の無いななしに、痺れを切らしたのか…。
こちらによこす眼光が少し強くなった気がして、一拍置いてからななしは弾かれるようにあとを追う。クロコダイルもななしがやって来るのを見て、再び歩を進めようとしていた。

その光景に、ロビンが相変わらず穏やかな声音でボスの名を呼んだ。
…珍しく、彼の“表の名”で。


「サー・クロコダイル」

「…なんだ」

「“忘れ物”よ」


ななしが小走りして追いつく前に、ロビンの投げた“それ”は綺麗な放物線を描いてクロコダイルの元へと届く。流れるような動作で受け取ったクロコダイルは、少しだけ癪だと言わんばかりの顔をして舌打ちをした。…もっともななしが追いついた時にはクロコダイルも歩みを進めていたし、表情は元に戻っていたから確認のしようがなかったのだが。


「……あの……クロコダイルさん、さっきの…」


唯一確認できたのは、“それ”をクロコダイルがコートの内ポケットにしまった、ということくらいで。


「…なんだ」

「使わないなら…私が責任を持って処分しますが…」

「必要ねェ」

「え、でも使わないものは要らないってさっき…」

「一度人に渡した物を返せ、と言うのか? 随分と礼儀がなってねェなァ」

「うぅっ、それは……」


しばらくそう言って唸っていたななしだったが、その内「いえ、やっぱりいいです」と返還要求を諦めた。確かに一度渡した物は相手に所有権があるわけだし、そもそも「あげたけど、やっぱり返して」なんて、クロコダイルの言うようにマナー違反だ。
…とは言え、やはり使わない物なのだから返してくれてもいいんじゃないか…とななしはまだ思うのだが。

まあ返してくれないのは、ななしに気を遣ってくれたクロコダイルの優しさだと言うことにしておいて。


「さっきのは無かったことにして、別の物買いますね!」

「…あァ」

「それより、クロコダイルさんも買い物ですか?」

「…いちいち好き嫌いを口で言うより、行って見た方が早ェだろう」

「……あ、成程」


間の抜けた声でそう言って手を「ぽんっ」と叩きながら、

でも、出来れば使ってくれると嬉しいなぁ……

と厚かましくも願望に近く、ななしはひっそりと思った。





おしまい





§少女の想いと社長の香りとあとがき§

…物凄く時間泥棒に盗まれてました。すいません本気で死んでました…orz
別にスランプとかそう言う一大事的なものじゃなくて、単に仕事がちょっと忙しかっただけですと言うしょうもない言い訳です。…うわぁ…今何日だ…。
未更新記録が大幅更新されてしまって、音沙汰無くリアルに死んでるんじゃないかと思われても仕方ない中、それでもお待ちいただいていた皆々様には感謝と謝罪が山ほどあります。
…大変お待たせいたしました。

今回はバレンタイン以来の連載の番外となりましたが、楽しんでいただけますと幸いです! …無駄に終わりが見えなくて、気付いたら結構長くなってしまってるのですが…。
そしてこのあと、結局買い物に行って社長のプレゼントを買うはずが気付いたらヒロインの服を買っていた、という展開にもなります(そもそも社長はそれが目当てだったりするという裏設定)。でも長いので、その辺りの説明もろとも端折りました。買い物にまつわるあれやこれやは、また別の番外の機会に出せたらと思います…需要があれば…。

そうして文字数の都合上、短編なのに2ページ構成になってしまってます。すいません、まとめ…きれませんでした…orz
しかも、一応需要が無くとも1ヶ月フリーにします。…懲りず。『鰐生誕感謝祭 短編の第二弾』…ということで。…本当はもっと早くから出しておきたかったのですが……まあ悔やんでも仕方ないので、ここは一つ大目に見てやっていただけますと有難いです…。
こっそりの持ち帰りは大歓迎ですが、悪意ある晒しだけは止めて下さい死んでしまいます…。


一読、有難うございました!
また次でお逢いできますことを。

霞世

前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ