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□愛死
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久々に島についた。
そこに船を止め、宴をしていると、気分をよくして酔っ払った彼女は上着も着ずに薄着で船から島へと飛び出した。
それを見かけたおれは、ふぅ、とため息をつきながらも彼女の上着を手に、後ろをついていく。
こんなこといつものことなのでなれているが、今日はいつもより機嫌がよさそうだ。
最近はなんとなく元気がなかったような気がしていたため、ほっと胸を撫で下ろした。
なにかいいことがあったのか。
色々考えてみるが、特に思い当たらない。
風が体を突き刺して、寒い。
考えるのを中断させた。彼女の気分がいいならそれでいい。
それにしても彼女は寒くないのだろうか。
ふらふらと歩く彼女の格好を見てそう思った。
白色のお気に入りのロングティーシャツに紺の少し長めのジーパン姿。足には何もはかず裸足で、ついでにいえばに右手には酒ビンを持っている。
幅の狭い塀を起用に両手を広げてバランスを取りながら歩き続ける彼女。その向こうには黒く不気味な海が広がっていた。
「おい、上着くらい着ろよい。風邪引くぞい」
「ねぇ、マルコー」
まったく、人の話を聞いちゃいねぇ。
内心ため息をつきながら、何だいといえば彼女は、あのねーと話を続けた。
「ここの島、わたしの故郷なの」
「・・・は?」
「マルコたちに出会ったのは、この島を離れたときだったから知らなかったと思うけどね」
「そうだったのかい」
「まさか、またこの島に戻ってくるなんて、嬉しいなー」
あはははは、彼女の笑い声は綺麗に響いた。
だから上機嫌なのか。鼻歌まで歌っちまって、よっぽど嬉しいんだろう。
「今日は素敵な日だわ。故郷に戻ってこれて、みんなで楽しく宴ができて、気の合う仲間と大好きなお酒を飲みあって、大好きな人が側に居て。それにくわえ、大好きな故郷の海で死ねるなんて。あー本当に幸せ!」
おいおい、待て。今なんていった?死ぬっていったかよい?
混乱している頭。今のおれの顔はたいそうびっくりしているだろう。
「マルコー」
おれの大好きな声で、おれの大好きな彼女が名前を呼んだ。
「わたし、死ぬんだー」
塀からはおりず足を止め、海に向かって呟く彼女。
全然変わらない笑顔のまま、今彼女は、おれに、何を言ったんだ。
「死ぬなら、大好きなお酒を、大好きな仲間に囲まれて、大好きな宴をしながら飲んで、大好きな故郷で、大好きな人の隣で、大好きな海の中で死にたい」
ずっと、そうやって思ってた。
それが叶うなんて、わたしって幸せ者だと思わない?
大好きなものに囲まれて死ねるなら、わたしを殺そうとしてるものも、愛しく思える。
「ほーんと、わたしは世界一の幸せものだーっ」
"マルコ"
おれの大好きな声で、おれの大好きな彼女が名前を呼んだ。海にゆっくり身を投げながら、優しく呼んだ。
そして、彼女は死んだ。
大好きな酒を、大好きな仲間に囲まれて、大好きな宴をしながら飲んで、大好きな故郷で、大好きな奴の隣で、大好きな海の中で死んでいった。
最後に、おれの大好きなものを残して。
愛死
(彼女の声が好きだった。彼女がおれの名を呼ぶことも好きだった。彼女の笑顔も好きだった。それら全てを最期にいっぺんにくれた彼女も、おれは今でも好きだった。)
09.12.12