short

□痛かったからじゃない
1ページ/1ページ


軍を、抜けることにした。



上司からのその言葉に、時間が止まったような気がした。

今、なんて・・・?聞き返さずとも、私の耳にはしっかりと入っていた。
ただ、何かの聞き間違いであってほしいと、願いをこめて真っ直ぐに私を見るドレーク少将にもう1度聞き返した。



「海軍を辞めて、海賊になることにした」



どこか高いところから落とされたように、暗闇に包まれたように、辺りが真っ暗になった。
ドレーク少将が、軍を抜けて海賊になる。つまり、いなくなると言うこと。敵になると言うこと。
今まで追いかけてきた背中を、今度は捕まえなければいけなくなる。



「そうですか」



ポツリと出た言葉は、あまりにも普通で、自分でもびっくりした。



「今までお世話になりました」



海賊になっても、頑張ってください

次々と出てくるアホらしい言葉。
何が、頑張ってください、だ。自分自身に嘲笑った。これじゃあまるで、子供のお別れ会だ。



「ああ、お前もな」



ドレーク少将は書類を持って席から立ち上がると、私のところまで来て、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。



「頼んだぞ」



私に書類を渡してそう言った。
その言葉は、どういう風に受け止めたらいいんですか。
いつも通り、書類を頼んだっていう意味なのか、それとも俺が居なくなった後、頼んだっていう意味なのか。どっちなんですか。
そう問うことも出来ずに、ドレーク少将は既に"正義"を机の上に置いて、部屋を出て行ってしまわれた。

何とも言えない感情が、私を襲って崩れそうになる。それをぐっと堪えて私は、ドレーク少将からの最後の仕事を果たすため、書類に目を通す。
ほとんどは、報告書でクザン大将に渡すものだった。
だたし、最後の1枚だけは違った。



「・・・あー、いった・・・ドレーク少将が、髪をぐしゃぐしゃにするから、目に髪の毛がはいった」



ごしごし、と髪がはいったせいで出る涙を拭った。
拭いても拭いても、あふれでてくる涙。どうやら長い長い髪が目にはいったらしい。




泣いたのは、痛かったからじゃない




誰もいない事務室に、小さく泣き声が響く。
目から落ちる涙は、"いつまでも想う"と書かれた書類を濡らした。




09.09.06


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ