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□痛かったからじゃない
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軍を、抜けることにした。
上司からのその言葉に、時間が止まったような気がした。
今、なんて・・・?聞き返さずとも、私の耳にはしっかりと入っていた。
ただ、何かの聞き間違いであってほしいと、願いをこめて真っ直ぐに私を見るドレーク少将にもう1度聞き返した。
「海軍を辞めて、海賊になることにした」
どこか高いところから落とされたように、暗闇に包まれたように、辺りが真っ暗になった。
ドレーク少将が、軍を抜けて海賊になる。つまり、いなくなると言うこと。敵になると言うこと。
今まで追いかけてきた背中を、今度は捕まえなければいけなくなる。
「そうですか」
ポツリと出た言葉は、あまりにも普通で、自分でもびっくりした。
「今までお世話になりました」
海賊になっても、頑張ってください
次々と出てくるアホらしい言葉。
何が、頑張ってください、だ。自分自身に嘲笑った。これじゃあまるで、子供のお別れ会だ。
「ああ、お前もな」
ドレーク少将は書類を持って席から立ち上がると、私のところまで来て、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「頼んだぞ」
私に書類を渡してそう言った。
その言葉は、どういう風に受け止めたらいいんですか。
いつも通り、書類を頼んだっていう意味なのか、それとも俺が居なくなった後、頼んだっていう意味なのか。どっちなんですか。
そう問うことも出来ずに、ドレーク少将は既に"正義"を机の上に置いて、部屋を出て行ってしまわれた。
何とも言えない感情が、私を襲って崩れそうになる。それをぐっと堪えて私は、ドレーク少将からの最後の仕事を果たすため、書類に目を通す。
ほとんどは、報告書でクザン大将に渡すものだった。
だたし、最後の1枚だけは違った。
「・・・あー、いった・・・ドレーク少将が、髪をぐしゃぐしゃにするから、目に髪の毛がはいった」
ごしごし、と髪がはいったせいで出る涙を拭った。
拭いても拭いても、あふれでてくる涙。どうやら長い長い髪が目にはいったらしい。
泣いたのは、痛かったからじゃない
誰もいない事務室に、小さく泣き声が響く。
目から落ちる涙は、"いつまでも想う"と書かれた書類を濡らした。
09.09.06