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 たまに息苦しくて仕方ない時がある。

 私の周りだけ酸素が無くなっていくよ

 うな窮屈で苦しくてどうしようもない

 空間。それは例えば全校生徒が集まっ

 ている体育館や西日が差し込む電車の

 中、静まり返る家の中など共通性なん

 て全くない瞬間だった。



 午後2時過ぎの数学の授業を受けてる

 今この瞬間も例外ではない。慣れる事

 のない窮屈さに思わず左手で首元を押

 さえ息を深くすった。



 苦しい、苦しい

 席を立って窓を開けたくてもこの寒い

 日にそんなことするなんて空気の読め

 ない奴がやることだ。それくらい私だ

 ってわかっている。



 授業が終わるまであと約25分

 耐え切れる自信もない。いっそのこと

 お腹が痛いと保健室にでも逃げ込んで

 しまおうか。



 苦しいきつい窮屈痛い酸素が欲しい

 息を深く吐く酸素を吸い込む吐く

 酸素を吸い込む呼吸を止める

 息をゆっくり吐く




 「せんせ」




 がたっと斜め後ろの椅子が音をたてた

 。正直それどころではなかったけれど

 聞き慣れたその声にチラリと視線を向

 ける。



 「こいつ、具合が悪そうじゃから保健

 室連れてく」



 そう言うか否や仁王は私の右腕を掴み

 クラスメートの好奇の目も気にせずに

 颯爽と教室のドアを開け放った。瞬間

 肺に流れこむ冷えた空気に、そして右

 側の温かな体温に私の心の何かが揺れ

 た気がした。












 彼に連れられてやって来た所は先生に

 宣言したはずの保健室ではなく屋上だ

 った。吹き抜ける風が気持ち良く何よ

 り私の周りにある酸素の存在に安心し

 思いきり深呼吸をした。身体中に酸素

 が行き渡る感覚が心地良い。



 それにしたって不思議だ。彼は何故私

 の異変に気付いたのだろう。この症状

 が始まったのは最近ではない。しかし

 それに気付いた人は今の今まで一人も

 いなかったのに。そこそこ仲が良いに

 したってそんなそぶり見せたことなど

 なかった仁王に何故わかったのか。




 「大丈夫か?」

 「うん、大丈夫」




 いきなり声をかけられたものだから、

 少しだけ声が上擦った。仁王の行動は

 やはりというか理解できない。さっき

 までフェンスに寄り掛かって校庭を見

 ていたのに、いつのまにか私の目の前

 に立っていた。気付かなかった私も私

 だけれど。




 「どうしてわかったの?」

 「何がじゃ?」

 「苦しい、って」

 「具合悪そうじゃったから」




 さも当然かの様に仁王はそう言った。

 それで納得すれば良いのに酸素の循環

 が悪かったせいなのか今の私は何処か

 疑心的だったらしい。目を逸らさない

 様にじっと仁王を見つめる。




 「じゃあなんで保健室行かないの?」

 「…なんとなく?」

 「もし発作とか起こしたら?」

 「あーそれは困るのう」




 あまりにも飄々と言ってのけるものだ

 から段々と頭が冷え馬鹿らしくなって

 きた。ああ、もしかしたら私は期待し

 ていたのかもしれない。仁王は私の苦

 しみが解っているのかも、だなんて。



 それこそ馬鹿らしい。酸素が脳に足り

 ないと言うのはこんなにも大きな障害

 を残すのかと思わず自嘲を零した。




 「ごめん、なんでもない」




 いまさら教室に戻るなんてことしたく

 なくて、フェンスに背を預けて座り込

 んだ。寒いのも嫌だけど息苦しいより

 は数段ましだ。少し休もう、全てから













 「たまに息苦しくなる。」




 驚いて顔を上げると仁王はそうだろ?

 と口だけで笑った。あまりにリアルな

 その微笑みに心臓がどくりと大きく音

 を刻む。




 「苦しくて、どうしたら良いのかわか

 らなくなって収まるまで耐え続ける。

 違うか?」




 仁王が履き潰した上履きを引きずりな

 がら私に近づいて来る。瞳が獲物を狙

 う猛獣みたいで少しだけ怖い。逃げよ

 と思えば逃げられるはずなのに、私は

 そうしなかった。



 あと1メートル、50、30センチ。

 ぎりぎりで足を止めた。ゆっくりと上

 を向くと金色の強い瞳と目が合う。




 「さみしいんだろ?」




 世界から音が消えた気がした。

 さみしい…?私はさみしかったのか。

 たまに息苦しくなる時はいつだって。





 皆が集まる体育館の中の自分の存在は

 あまりにもちっぽけで居ても居なくて

 も変わらない様なもの。



 西日が差す電車の中はあまりに静かで

 温かくてゆっくりと早く進むスピード

 が心地良く、それぞれが家族の待つ家

 へと帰る目的のもの。この中にひとり

 ぼっちの人は居るのだろうか。私は?



 静まり返る家の中。それは私しか居な

 いあの家だ。月が照らす明かりでほん

 のり明るい部屋の中で独り息苦しさに

 耐えた夜が何度あっただろう。





 瞬間に共通性はあった。





 さ み し い 震える唇で放った言葉は

 弱々しく息だけがすかすかと抜けてい

 く。それでも精一杯伝えた心の叫びに

 仁王は笑い優しく私を抱きしめた。



02.23
もう独りじゃない





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