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  愛している、そう愛していたのか

  もしれない。俺はこの空間を、時

  間を、そして何よりこいつらを。

  そんなこと口にはしないけれど目

  の前に広がるテニスコートを見て

  確かにそう思った。思い出に浸る

  なんてらしくない。でも今くらい

  は、この瞬間くらいは許して欲し

  い。そう思いながらそっと微笑む

  。それくらいに穏やかな別れの日

  だった。



  後ろから赤也とブン太が騒いでい

  るのが聞こえる。きっと赤也が泣

  いて皆にからかわれているのだろ

  う。これから赤也が背負うのはと

  ても大きくて大切なものだ。それ

  はプライド、プレッシャー、誇り

  一つの言葉では表せない程の重い

  もの。でも赤也なら大丈夫。いや

  赤也だけではない。この立海大附

  属中学、男子テニス部は大丈夫。

  そこに不安などない。あるのは揺

  るぎない確信のみだ。





  俺が倒れたあの日、俺は確かに一

  度全てを失った。生きる意味、支

  え、仲間、それら全てがテニスと

  繋がっているなんてそれまで思い

  もしなかった。そして愕然とした

  。これからの真っ暗な世界に。




  「幸村」




  あの時と同じ俺には優しすぎる声

  。一度は拒絶したその声は俺にと

  って何にも変えがたい大切なもの

  だ。嫉み憎み、嫌悪すら抱いた。

  しかしそれは大切なものを無くす

  かもしれない恐怖感、自分が見る

  事の出来ない希望を見ているとい

  いう悔しさの裏返しだった事を今

  の俺は知ることが出来た。




  「ねぇ、」




  振り向けばいつもそこに居た。あ

  の時失っても可笑しくはなかった

  はずの仲間達。テニスを拒絶して

  尚、側に居てくれた、待っていて

  くれた、約束をくれた、それがど

  れだけ嬉しかったことか。おまえ

  らは知らないんだろうな。



  そよそよと風が吹く。舞い落ちて

  きた桜に釣られ後ろを向くと予想

  通りに涙目の赤也とそんな赤也の

  頭を乱暴に撫でるブン太、そんな

  二人を囲う様に立つジャッカル、

  蓮二、柳生、仁王の四人、それか

  らこちらを窺う様に見る真田、か

  けがえのない仲間達が視界いっぱ

  いに映った。




  「…ねぇ」




  そう呼びかければ皆が俺を見た。

  そのいつもと同じ様で少しだけ優

  しい視線にそっと目を閉じる。



  思い返せばこの三年間、いつだっ

  てこいつらが居た。体育祭だって

  海原祭だって、日常のほんのひと

  こまだって皆との思い出で溢れて

  いたんだ。瞼の裏に残像が浮かぶ

  夏の日、共に笑って悔しんで熱く

  て堪らなかったあの日々。俺らは

  確かにそこに居た。



  ああ、どうしたものだ。今日の俺

  は何だか可笑しい。寂しいなんて

  泣きそうだなんて嘘だろう?





  瞳を開いてこの瞬間を刻みこむ。

  決して忘れないように。感謝して

  いる、なんて当然だ。会えて良か

  ったなんて言葉よりも何倍も想い

  を込めて、伝えたい言葉がある。







  「ねぇ、愛してるよ」








  一瞬の沈黙の後のそれぞれの反応

  に俺はやっぱりこいつらが堪らな

  く好きだと思った。








寂しすぎる卒業の日







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