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  今日も暑かった。じっとりと纏わ

  りつく空気に苛立ちながら川辺を

  ふらついていると、ふと小さなサ

  ッカーコートが目に入りおもわず

  足をとめた。今まで遊んでいただ

  ろう数人の子供達が自分に背を向

  け走り去っていくのを見てもう家

  へ帰る時間か、と漸く気付いた。

  辺りはいつのまにかうっすら赤く

  色付いていて何を考えていた訳で

  もない。ただ、なんとなく沸き立

  つ感情に小さく舌打ちをした、そ

  の時だった。




  「あれ、凉野くんだよね?」


  「おまえは…吹雪士郎、か」


  「うん。久しぶりだね」






  思わぬ人物に会った。去年の夏、

  以来だろうか。その時に個人的に

  何かを話した記憶はない。ただ、

  エイリアとして戦う時に調べたこ

  いつの情報を今も私は覚えている

  。何故こうも笑ってるのか不思議

  で仕方なかった。






  「暑いの苦手なんだよね。なんだ

  か溶けちゃいそうにならない?」


  「べつに」


  「凉野くんも苦手そうだよね」


  「…得意ではない」


  「やっぱり。でも僕、今くらいの

  時間ってすごく好きなんだ。夕暮

  れっていうのかな。風がなんだか

  気持ちよくて」


  「私は、」










  「……私は、嫌いだ」


  「…どうして?」













  どうして。真っ赤な夕焼けは温か

  で、柔らかで、悲しいのだろう。

  どうして。道を歩くと風が心地よ

  くて、運ばれてくるゆうげの香り

  が優しくて、笑顔で走る奴らが羨

  ましくて、羨ましくて、悔しくて

  。どうして、どうして私はひとり

  なのだろう。










  「ねえ、凉野くん」


  「…なんだ」


  「わかってはいるのにね、ちゃん

  と。どんなに願っても皆は帰って

  こない。」


  「、当然だろう」


  「うん。でも、それでも僕らはい

  ま生きていて、楽しいこともあっ

  て、こうして笑ってる。」


  「…ああ、」


  「それって、すごく幸せだよね」








  風が吹いた。夏の、香りがした。

  ああ、こいつは知っているんだ。

  独りの寂しさを。それでも笑って

  いたんだ。それしか自分に出来る

  ことはないと、ただただ必死に。

  急にひとり取り残されて、それが

  どんなものなのか、私は知ってい

  る。









  「でも、それでもなんでだろう。

  神様は、不公平だよね」






  「……ああ」








  ああ、そうだ。そうだな。わかっ

  ている。私達はいまを生きていて

  楽しいと思えることがある。それ

  はとても幸福なことなのだ。それ

  でも、いくらわかっていても、多

  くの奴がなんの疑いもなしに持っ

  ている「父親」「母親」という存

  在がなぜ自分にはないのか、どう

  したって考えてじわりと何かに侵

  食されてしまうことだって、ある

  。例えば同じテーブルで座って食

  べる夕飯だとか、テレビを囲んで

  くだらないことで笑いあう時間だ

  とか、古びたキャラクターの描か

  れた機械で氷をけずり、一緒に食

  べるかき氷の味だとか、そんなな

  んでもない時間が恋しくて、羨ま

  しくて、憎たらしくて、たまらな

  く泣きそうになることが、ある。








  「ねえ、凉野くん」


  「…なんだ」


  「夏はさみしいね」






  ああ、夏はさみしい







  0802 凉野と吹雪 end

  









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