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  「練習かい?」

  「…なんか用かよ」





  夜も更けた時間だ。誰ひとり居な

  いような時間をわざわざ選んでグ

  ラウンドまでやってきたと言うの

  に目の前の男は急に姿を現したも

  んだから少しだけ驚いた。





  「夜は涼しいね」

  「…寝なくていいのかよ」

  「うん」

  「あっそ」

  「なんか寝れなくて」





  そう言って近くにあったベンチに

  腰を掛けるのを見て溜め息が出た

  。どうやら此処に居座るらしい。

  場所を変えるにもこれから探すん

  じゃ時間が勿体ねえ。仕方なく持

  ってきたボールを軽く上へと蹴り

  あげた。





  「星、よく見えるね」





  ぽん、ぽんと心地のいい音が辺り

  に響く。静かな夜だ。その中でふ

  わふわと浮かぶ言葉は嫌でも耳に

  入る。もちろん返事なんてしない

  し、それを求めている訳でもない

  だろう。こいつはどっかのゴーグ

  ル野郎と違ってそんな類には見え

  ない。万が一それを求めてるんだ

  としたらはっきり言ってお門違い

  だ。俺はそんな生易しい性格じゃ

  ねえ。





  不格好な月とぽつりと立っている

  ベンチ横のライトだけが仄かにグ

  ラウンドを照らしていた。さっき

  基山が言っていた上に浮いてる星

  はあの月がなければ只のちっぽけ

  な明かりなのだろうか。ぼんやり

  頭の片隅で思った。今自分が蹴り

  あげているボールの行方も見えな

  いくらいに小さな、それこそガラ

  クタのように空に浮かぶ塵の一つ

  に過ぎないのか。あいつはそのち

  っぽけな塵を見て何かを思うのだ

  ろうか。…別にどうでもいいこと

  だ。随分自分らしくなかった。ボ

  ールに集中しろよ、ばか。





  「もうすぐさ、親だった人の命日

  なんだ」





  ひんやり。何かが急速に冷えてい

  く感覚にボールを蹴る足が止まっ

  た。親の命日。だからなんだって

  んだよ。どうやら俺の考えは間違

  ってたらしい。こいつもあのゴー

  グル野郎と同じで随分と悲観ぶる

  のが好きみたいだ。親がいない。

  大変だった悲しかった寂しかった

  今もつらい。だからそんなの他人

  に話してどうすんだよ。そんなに

  何か言ってほしいか。





  「…なに、じゃあ基山クンは俺よ

  り不幸だってそう言いたい訳か?

  親がいるだけいいって自分にはい

  ないって、可哀想だ、頑張ってて

  偉い、そう言ってほしいのかよ甘

  ちゃんだねえ」

  「…そうだねそうかもしれない」

  「はっ、おまえも所詮ガキかよ」

  「わかってはいるつもりなのにね

  。でもどうしても思う時がある。

  こんなに頑張ってるのに、って。

  誰が見て褒めてくれる訳でもない

  のに頑張って、でもなかなか報わ

  れない。なんでだって思う時があ

  るよ。不動くんの言う通りすごく

  子供だ」





  こいつは違うと思ったんだけどな

  。取り乱すこともなく、既に何か

  を悟ってるどちらかと言えば似て

  るタイプだと思ってた。人に話し

  たってどうにもならねえ、向けら

  れんのはくだらない感情ばかり。

  なのになんでわざわざ言葉にすん

  のかねえ。馬鹿にしたように見て

  やれば思いの外、基山は強い目を

  していた。





  「…でもひとつ違うかな」

  「…は?」

  「君より俺のほうが辛いとかそう

  思ったことはないから」

  「…へえ」

  「すごいと思ったよ。強いなって

  。…一人で強くなんて、そうはな

  れない」

  「…べつに。ただ周りにそんなの

  が居なかっただけだろ」





  居たとしても、手を伸ばす勇気も

  なかっただけだよ。





  ああ、なるほどね。なんとなくわ

  かってきた。まあ、たまにはある

  よな。いろいろ考えちまうことも

  。考えすぎてそれをもて余しちま

  うことも。その捌け口に今回俺は

  運悪く付き合わされてるってわけ

  か。まあ、中々できないわな。脳

  天気にへらへら笑ってばっかの奴

  らには。そういうのがわかる奴は

  なんとなくやっぱり居る。このチ

  ームには多少、多いような気もす

  るが。現実こんなもんか。





  なあ、俺達は本当、うまく生きれ

  ねえよな。自分のことを紡ぐのが

  下手くそで、その癖どこかで誰か

  に手を伸ばして、矛盾だらけ。わ

  かってほしい訳じゃない。同調し

  てほしい訳でも、同情してほしい

  訳でもない。ああ、ほんと自分が

  嫌んなる。





  「…そっか。じゃあ頑張ってきた

  んだね、生きるために」





  あーあ。でもほら、こういう時が

  あるからまたどっかで期待しちま

  う。わかってるよ。俺だって、ガ

  キだ。こんなんでまた期待して、

  嫌んなってその繰り返し。おまえ

  とだってやっぱり差ほど変わんね

  え。共通する部分なんてこれっぽ

  ちもないだろうが、お互いわかる

  曖昧な部分もある。つまり、そう

  いうことだよな。





  「おまえだってそうなんじゃねえ

  の?」

  「…え?」

  「いつも従順でチチオヤに嫌われ

  ないように」

  「、それは…」

  「俺だけじゃねえだろ」





  つまんねえ大人の都合でそれなり

  に大変だったのは。願わくば、ほ

  んの少し伝わるように。柄でもね

  えが、まあいろいろあったもん同

  士、おまえだってよくやってきた

  んじゃねえの。知らないけどよ。

  だから。





  「…ははっ。そっか、そうだね。

  うん。頑張ったんだよね、俺達」

  「まあ…そうなんじゃねえの?」

  「ありがとう、不動くん」

  「はっ、べつに」





  そういう言葉が無性に欲しくなる

  時がある。久しくなかった感情で

  はあるけど、ふいに言われた言葉

  に悪い気はしない。お互いまあ頑

  張ったんじゃねえかって笑えれば

  上等だ。今はそれでいい。





  「不動くんと話せてよかったよ」

  「…なんだよ、それ」

  「わかってくれる人としか話せな

  いこともあるだろう」





  あーあ。結局練習なんて全く出来

  なかったわけだが、どうしてくれ

  んのかねえ。転がってたボールを

  蹴りあげて手に持つ。





  「早く戻んぞ、ヒロト」

  「うん、そうだね」





  とりあえずどっかで仕返ししてや

  んなきゃいけねえな。次の飯でト

  マトをやる代わりに肉でも奪って

  やろうか。






  0822 不動と基山 end

  







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