_  

□  
1ページ/1ページ




  幸せっていうものの定義を俺は知

  らない。うまいもんを腹一杯食う

  だとか馬鹿みたいに酒を飲んで騒

  ぎ倒すとか十人十色の答えがある

  だろう。しかし誰にでも共通する

  ことがある。笑顔だ。零れる笑み

  。その感覚も俺は知らない。母親

  に手を引かれ笑って歩く子供が居

  る。そんな光景をどこか違う世界

  の出来事のようにしか見れなかっ

  た。



  ある日、俺の前に現れた猿みたい

  な子供は何が楽しいのかよく笑っ

  た。飯を食ってはうめぇ!と笑い

  食料を獲って来いとぱしられた時

  でさえ俺の手を必死に引いて笑っ

  た。こいつは幸せなのか、いった

  い何が幸せなのか俺には全く理解

  出来なかったが、こいつの笑った

  顔を見るとどこかほっとした。


  俺エースと居るとすげぇ幸せだ!


  そう言ってやっぱり笑うこいつに

  穏やかでとてもくすぐったい気持

  ちになったのを今も覚えている。

  あの時、俺は笑ったらしい。無意

  識に、零れた笑顔だ。俺の笑顔を

  初めて見たと嬉しそうに抱き着い

  てくるこいつに困ったような嬉し

  いようななんともいえない気持ち

  でいっぱいになる。なんだか泣き

  たくなった。



  幸せの定義なんてものは二十歳に

  なった今もわからない。いや、そ

  もそもないのかもしれない。幸せ

  ってもんはやっぱり十人十色で、

  それはとても些細な事だらけだ。

  仲間と共に酒を飲み、くだらない

  ことで笑い合い、時に喧嘩をし、

  オヤジに怒られ、また酒を酌み交

  わす。それがどれだけ幸せなのか

  俺は知ることができた。そしてこ

  いつが、弟が笑っていることがな

  によりも幸せで俺にとって大切な

  ことなのだと知った。兄だと名乗

  ることがくすぐったくて嬉しいこ

  とを知った。



  潮風の吹く甲板で寝息をたてるこ

  いつの顔は幼くて昔のことを思い

  出した。柔らかく揺れる黒い髪を

  少し乱暴に撫でると嬉しそうに口

  角をあげる。そんな単純な弟に小

  さく笑いを零し星空を見上げ思っ

  た。俺が命を落とす時、こいつが

  教えてくれたように笑いたい。笑

  っておまえの兄で幸せだと伝えた

  い。そしてこいつにも笑ってほし

  い。どうしようもないエゴだがそ

  れくらい願ってもいいだろう。た

  ったひとりの兄として。



  答えるように星が流れたのを視界

  の隅で確認しそっと目を閉じる。

  隣から寝ぼけて俺を呼ぶ声にふっ

  と笑みを零し幸せを噛み締めた。



  0829 end

  生きる幸せをくれたあなたへ








[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ