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  なにが苦しいのかわからないけれど私

  の体は震えていた。まるで全てのもの

  を拒絶するように。それは纏わり付く

  空気さえも。なんだこの世界は。必死

  に頑張った人間には必ず幸せが訪れる

  なんていったい誰が言ったの?馬鹿ら

  しい。そんなの全部綺麗言だよ。


  なんで私はこんな世界に生まれてきて

  しまったんだろう。生きていく場所を

  間違えたのかな。苦しい、苦しい。息

  ができない。誰もいない真っ暗闇でた

  った一人佇むことしかできない。そん

  な世界で、どうやって生きていけと?

  生まれた意味も知らずにどうして生き

  ていけるんだろう。私は生憎そんなに

  上等な脳も心も身体も持ち合わせてな

  んかいないのに。




  窓を開けるとまだ少し冷たい風がさあ

  っと入ってきて教室のカーテンを揺ら

  した。その冷たさは少し、ほんの少し

  だけ心地よくて久しぶりに息をしたよ

  うな気持ちになった。だからといって

  こんな真っ暗な世界を受け入れる気に

  なる訳もなく風に靡いた髪を無理矢理

  押さえつける。



  「何をしてる」



  ゆっくり振り返り、声のした方へと目

  を向けると予想した通りの人物がこち

  らを見ていた。色素の薄いきれいな黒

  の髪はさらさらと流れ、綺麗だと柄に

  もなく思う。



  「どうしたの、柳?」


  「それは俺の台詞だ」



  貼付けた笑顔でそう問えばあまりの眩

  しさに気付かなかったけれど、いつも

  は端正な彼の顔がほんの少し歪んで見

  えた。



  「…なにかあった?」



  続けてそう言うと柳は綺麗な顔をさら

  に歪め軽く息を吐いた。言っておくが

  私が何かをしたという記憶は全くない

  。いつも通り同じように話しかけただ

  けだ。



  「いい加減にしろ」



  もう一度言うが私は何もしていない。

  それなのに柳は苛立ったように顔をし

  かめ机の間を縫うようにして1歩づつ

  こちらに詰め寄って来る。頭の中でサ

  イレンが鳴り響いた。駄目だ。来るな

  。と何かが言っている。背中にひんや

  りと汗がつたった。



  「やな…ぎ?」



  確実に距離を詰めてくる彼にさっきま

  で止まっていた震えがまた戻ってくる

  。怖い。…なにが?なにが怖い。私は

  何に怯えてるんだろう。



  「…何をそんなに怖がる?」



  気付くと私は壁際まで追いやられ、目

  の前には相変わらず苛立った顔をした

  柳がいた。こくりと息を呑む。彼のそ

  の見抜く様な瞳が、怖い。



  「なにか、したかな?…私、」


  「何か、か」



  動揺を隠しようやく出た言葉も柳の言

  葉によって瞬時に押さえ付けられた。

  必死に頭を回転させこうなったまでの

  経緯を考えてみるものの、さっきも言

  った通り私はそんな上等な脳を持ち合

  わせていない。答えなんて出なかった

  。


  「何故…」



  言葉を吐き出し一息つくと柳は私の横

  の壁に手をつき顔を覗きこむ様にして

  無理矢理目を合わせてきた。その綺麗

  に瞳にまた震えが、酷くなった。



  「…何故、おまえは笑う」








  目が反らせなかった。時が止まる。目

  の前が真っ暗になる。彼はわかってい

  るのだ。私の嘘を。どうして、どうし

  て私はいつも通りだったのに。なにひ

  とつ欠けたことなどなかったはず。



  「なに…言ってるの?柳、」



  信じたくない。信じない。何故笑って

  る?なんて。私にわかるわけがない。

  だってそうする以外にいったいどうや

  って生きていけというの。これは生き

  る術。この苦しくて汚い世界で生きて

  いく為の術。



  「はは、なんで笑うって普通のことで

  しょ?」


  「何故そんなにも世界を怖がる」


  「…本当にどうしたの?変だよ?」


  「…おまえは、」



  時間が止まる。空気が張り詰める。遠

  くではしゃぐ子供の声が響いた。喉の

  奥が震えて視界がぼやけて綺麗な柳の

  髪も顔も全てがぼやける。



  「おまえは…愛、されたいか」






  だから嫌だったのに。彼のその瞳が怖

  かったのです。すべてを見透かして私

  の仮面をいとも簡単に崩しさってしま

  うその瞳が嫌い、嫌い、大嫌い。ふっ

  と俯き必死に涙を呑みこむ。やめて。

  もう踏み込んでこないで。



  「…だったらなに?」



  自分でも驚くくらい弱々しい声だった

  。だけど今そんなことを気にする程の

  冷静さは残っていなくて、ただ目の前

  にいる柳に不安と悲しみ、困惑やら痛

  みを抱いて涙を堪えることしかできな

  いでいた。



  「…愛されたかった、理解されたかっ

  た。だけど、そんな自分が大っ嫌い」



  耐え切れなかった涙が一筋流れる。い

  つだってそう。私は求めてばかりでそ

  んな自分に嫌悪感を抱いてた。愛され

  たいと願う度にこんな私を誰かが愛し

  てくれる訳ないのにて自分を嘲笑って

  こんな醜い感情を皆に知られたらと思

  うと怖くて、怖くて、いつも仮面を貼

  り付けてたんだ。



  「…だから上辺の態度で他人と距離を

  おいていた、か。」


  「汚ないでしょ?いつも笑ってるくせ

  に頭では拒絶して嘲笑ってる。軽蔑し

  た?」



  涙が止まらない。先程まで少しだけ心

  地よかった風も今では肌にかする度ピ

  リリと痛かった。これで完璧に世界が

  色をなくした。生きていく術をなくし

  たのだ。その原因をつくったのは他の

  誰でもなく目の前に居る彼、柳蓮二だ

  が私が彼に憎しみなどを感じることは

  全くなかった。寧ろどこかほっとして

  いる自分が居る。やっと終われると。



  「…俺はおまえを理解したい、と言っ

  たならば、おまえはどうする」



  その時聞こえてきた声に私は息を呑む

  。ありえない。そうだ、ありえないこ

  とだ。わかりきっていることなのに彼

  の目は真剣に見えて信じてみたい、と

  心が揺れた。



  「…同情でしょ?らしくないよ」


  「この俺が、同情をするとでも」



  精一杯の強がりで吐き捨てた言葉も柳

  には無意味に等しくて、じわじわと心

  が溶けていく。そよそよと2人の間を

  抜ける風が今度こそ心地よくて少し目

  を細めてみた。



  「…信じても、良いのかな」


  「愚問だな」





  もしも今までの私に幸せが訪れるとす

  るならば、それは彼と生きることなの

  ではないのかと私は思った。いや、願

  った。それは世界を嘲笑った私の最後

  の我が儘です。



  「や、なぎ」



  名前を呼ぶことすら今の私には難しい

  ことに思えて上手く音を発することが

  できない。そんな私を見て微笑むと柳

  は私の瞳を真っ直ぐと見つめた。あま

  りに温かいその視線に私の仮面ががら

  がらと崩れてく様な気がした。



  「おまえを愛してもいいか?」



  世界が少しだけ明るい。目の前の彼が

  眩しくてあったかい。彼を信じてみて

  もいいのかな。幸せになる努力をして

  も、いいのかな。




  モノクロの世界に別れを告げて

              end





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