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  「へえ、おまえみたいな奴でもコ

  ンビニとか来んだな」

  「俺だってアイスの一本や二本、

  食べたくなる時だってあるさ」



  1つ300円するカップアイスを

  食べてそうな顔してよく言う。心

  の中で一人悪態を吐いた。


  月明かりと定間隔で立っている街

  灯を頼りに俺達は川沿いまで歩い

  てやってきていた。シャリリ、棒

  に付いた氷を咀嚼する音がこいつ

  から発せられるのがなんだか妙に

  おかしくて考えるより先にじわり

  じわりと笑いが込み上げる。



  「…ははっ!」

  「なんで笑う」

  「ははっ、わりい。なんか似合わ

  ねえな」

  「…失礼な奴だ。俺だってもとは

  おまえと変わらない一般人だぞ」

  「あー…そうか。いや、そうだよ

  な」



  呆れたような顔をした隣に立つ男

  、鬼道は去年サッカーで闘った相

  手の一人だった。当時の俺達は周

  囲の奴なんかお構い無しに、ただ

  必死だった。必死に、認められよ

  うともがいて勝つためには手段だ

  って選ばない。それくらいの気持

  ちでひたすらボールを蹴り続けて

  いたものだ。相手のことを調べる

  のも戦略の一つで、こいつのこと

  も例外なく調べた。ポジション、

  得意なシュートコース、苦手なコ

  ース。それに出身地や家族構成な

  ど、関わることは全て調べ活用し

  ようとした。こいつの情報を見た

  時は正直息を飲んだ。孤児院育ち

  。こいつもかと何処かがキシリと

  音をたてた感覚を俺は覚えてる。

  だからといって同情なんかしない

  が、あの時、どうしてこうも不公

  平なのかと柄にもなくぼんやりと

  溜め息を吐いたはずだ。


  そんなこいつと偶然とはいえ久し

  ぶりに会った深夜のコンビニで「

  よお…」「あ、ああ…」と笑いも

  なく声をかけあって立ち尽くす俺

  達は、なんとも間抜けな図だった

  ことだろう。一気に居心地が悪く

  なり早々にコンビニを後にしたわ

  けだ。





  どちらともなく土手に腰を下ろす

  。リリリ、と近場から虫の鳴き声

  が聞こえた。もう秋も近いのかも

  しれない。まったく早えな。こな

  いだまで寝苦しくて仕方なかった

  いうのに。また、夏が終わる。



  「おまえのいた孤児園…お日さま

  園だったな。どんな所だった?」

  「なんだよ急に」

  「…いや、少し気になってな」



  正直意外だった。あんまりそうい

  うことを、昔の生い立ちなんかを

  気にしてないような気がしてたか

  ら。過去がどうであろうと俺は俺

  だ。…的な。勝手なイメージだけ

  ど。



  「どんな、ねえ…」

  「…宇宙人が沢山いた、か?」

  「てめぇ…!」

  「冗談だ」

  「…おまえ、性格悪ぃな」

  「そうか。ありがとう」



  ニタリと笑った顔に苛立つ。いや

  褒めてねえし。差ほど話したこと

  もないというのにそんな気がしな

  いから不思議だ。どっかのサッカ

  ー馬鹿なキーパーではないが、試

  合を通して何か通ったものがあっ

  たのかもしれない。…まあ予想以

  上にいい性格だったけどな。ちら

  りと隣を窺うとまた一口、氷をか

  じる音が辺りに響いた。



  「なんだ、ほしいのか」



  あまりにもじっと見すぎたせいか

  、赤い瞳と目が合ってしまった。

  きょとんとした顔が普段と違い随

  分と年相応に見える。ああ、そう

  か。なんか違うと思ったら…



  「ゴーグル、してねえんだな」

  「…ああ、まあな」

  「だいぶ雰囲気違え」

  「あれは…」

  「ん?」

  「あれは、大事な人から譲り受け

  たものなんだ」

  「…へえ」



  大事な人。一言で言えばなんとも

  簡単に聞こえる言葉だ。だけどこ

  いつはどんな気持ちで口にしたの

  だろう。親、家族、恋人、友人。

  たくさんの選択肢がある中でこい

  つが発した言葉はどうにも前向き

  には聞こえなかった。



  「…俺が居た園はうるせえ所だっ

  たよ」



  一瞬こちらを見たのが横目でわか

  った。その視線を気にせずに前を

  見て話を続ける。



  「飯の時間も遊ぶ時もとにかくう

  るせえ。まあ、俺も散々騒いだけ

  どな。…終いには寝る時間にすら

  ぎゃあぎゃあ争って怒られる始末

  だ。」



  「園に来た奴は最初同じ顔してん

  だよな、皆。…あの目。」

  「…ああ」



  目を閉じるとすぐに浮かぶ。光な

  ど映さない真っ暗なあの瞳。園の

  子供が増える度に同じ目をした奴

  に出会った。そしてかつて自分も

  同じだった。最初は誰も信じねえ

  。この先何が待ち受けてんのかも

  わからねえ真っ暗闇。



  「…けど手を握ってくれた人がい

  た」

  「…吉良社長か」

  「ほっとしたな、あん時は。生き

  てても良いんだってそう思った」





  心地良い沈黙が広がった。

  久しぶりに口にした昔の出来事に

  息を吐き、腕を枕にして寝転ぶ。

  あれから何年も経った。俺はサッ

  カーを続け、日常で当たり前に笑

  ってこうして生きてる。



  「…おまえは?」



  サッカーをしていたこいつは酷く

  いきいきとして見えた。なのに今

  、隣に座る鬼道有人はあまりにも

  脆く見える。



  「…あのゴーグルを託した人が、

  俺にサッカーを教えてくれた」

  「へえ」

  「あの人に認められることが、期

  待してもらえることが、ただ嬉し

  くて夢中だったよ」

  「ああ」

  「……亡くなったんだ。もうすぐ

  1年経つか。…考え始めたら眠れ

  なくてな。偶然会ったおまえを巻

  き込んだ」
  



  付き合わせて悪かったなと苦く笑

  ったこいつを見て、またどこかが

  キシリと音をたてた。思えば大丈

  夫なはずがなかった。幼くして大

  事なものを失い妹を守り生きてき

  て、過去は過去だなんて言えるは

  ずなんかなかったのに。一流の家

  に引き取られて大事にされている

  のを理由にどこかで高を括ってた

  のかもしれない。こいつは幸せだ

  と。



  「…おまえらとのサッカーは楽し

  かったよ。嘘じゃねえ」

  「…そうか」

  「そんなサッカーをした雷門の、

  鬼道有人にサッカーを教えたって

  いうそいつに、感謝するぜ」

  「、」





  ぽすりと鬼道も芝生に寝転んだ。

  不格好な月が俺達を見下ろしてい

  る。死んだ人間が星になるという

  のは本当なのだろうか。もし仮に

  そうなら、俺達のことも見てんの

  かな。



  「南雲」

  「なんだよ?」

  「大事なものを失くすことに、慣

  れる日がくると思うか?」

  「…いーや、あり得ねえな」

  「ふっ、…そうだろうな」 





  大人になれば、強くなれば、

  大事な人を守れるなんて言える程

  俺達はもう子供じゃなくて

  全てを悟って受け入れられる程

  大人にもなれやしない


  そんな俺らが生きるこの世界は

  残酷な程悲しくてさみしくて

  綺麗ごとなんかじゃ済まねえ

  不公平な世の中だ


  でも、それでも俺達は先に進む

  当たり前に笑って、馬鹿をやって

  たまにほんの少し弱音を吐いて

  過去を顧み、大事な人を想って

  生きていく


  そしてサッカーは

  俺達の世界に存在し続ける






  0910 南雲と鬼道 end

  






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