ネバーランドを信じた僕らは

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   vol.2





   ここはおまえが居る世界とは違う

   。綺麗な銀色の男、仁王雅治はそ

   う言った。その言葉に反論しよう

   としたものの、心は酷く冷静にこ

   の事態を受け入れていた。私は今

   仁王の存在している世界にいる。

   なんでこんな事になってるのかは

   想像もつかなかったけど、それな

   ら仕方ない。携帯も使える様には

   見えなかったので鞄にしまい込み

   どうにも出来ない現状を改めて感

   じた。そんなこんなでこれからど

   うしようかとぼんやりと考えてい

   たところ「うちに来るか?」と言

   ってくれた仁王の言葉に素直に甘

   えて、彼が住んでいるという部屋

   のドアの目の前に立っている今の

   状況に至る、わけである。



   「ん、入りんしゃい」

   「…おじゃま、します」

   「どーぞ」



   通されたのは随分とさっぱりとし

   た部屋だった。よく言えばシンプ

   ル。でもどこか寂しさを感じるよ

   うな生活感がない印象のワンルー

   ム。それがなんとも仁王らしく思

   えて少し笑みが零れる。センスの

   いいガラスのローテーブルの近く

   に腰を下ろすと角にある棚が目に

   付いた。正確に言えば棚に置かれ

   た写真。そこには見たことのある

   カラシ色のジャージの人達が並ん

   でいる。ずきり。どこかが痛んだ

   。写真の中で悔しそうに泣いてい

   る切原赤也のせいなのだろうか。

   全国大会準優勝。この結果を私は

   知っている。漫画で、読んだから

   。これで最終回になったはずだ。

   どくり、どくり。この胸にざわめ

   くものはなんだろう。寂しいよう

   な切ないようなこの感覚を、私は

   知っていた気がする。前に何処か

   で感じた痛みを確かに覚えてる。

   でもいったい何処で。何故。ぐる

   ぐる。頭が痛くなってきた。














   ▽



   「お待たせさん」



   ふわり。懐かしい匂いにつられて

   振り向くと仁王が両手にお皿を持

   って立っていた。随分考えこんで

   しまったらしい。コトリと置かれ

   たお皿には美味しそうに湯気のた

   つスパゲティがのっていた。上に

   のったバジルがなんだか本格的で

   恐縮してしまう。女子力が高い。

   なんだか悔しい。



   「…おいしそう」

   「姉貴仕込みじゃけえ」

   「ふうん。一緒に住んでるの?」

   「たまに勝手に来るだけじゃ」

   「そっか」

   「…ほら食べんしゃい」

   「ん、いただきます」

   「めしあがれー」



   酸味のきいたトマトととろけるモ

   ッツァレラチーズ。絶妙なのであ

   る。ちゅるりと喉を通るパスタは

   本当においしくて、そしてやっぱ

   りどこか懐かしい。なつかしい。

   どうしてなつかしいんだろう。



   「どうした」

   「…え?」

   「眉間に皺よってるぜよ。うまく

   ないか?」

   「ううん。おいしいよ、すごく」

   「じゃろう?」

   「自分で言うんだ」

   「うん。自分で言う」

   「へんなの」

   「へんでかまわんし」



   悔しいくらいにおいしいパスタを

   頬張りながら何かを思い出そうと

   したけれど何も浮かばなかった。

   ただこのトマトパスタが懐かしく

   感じることと、棚にある写真をみ

   ると切なくなること。仁王に聞き

   たかったけれど、なんだか今はま

   だ、聞いてはいけない気がした。

   でも一つ気になっていることがあ

   る。公園で会った時に仁王が言っ

   た言葉。あれはなんだったんだろ

   う。もし、あの言葉が本当だった

   としたら仁王は私を知っていた事

   になる。どうして、私を



   「…ねえ仁王」

   「どうした」

   「なんで、私に会いたかったの」

   「…なんじゃ、それ?」

   「さっき言ってたじゃない」

   「あー…そうだったかのう」

   「うん。言ってたよ」

   「そうか」



   ううーん。そう言って仁王は悩み

   出した。なんとも胡散臭い悩み方

   でなんだか気がぬける。今思い出

   した。仁王は詐欺師なんだ。さっ

   きの言葉だって面白半分で言った

   のかもしれない。もう何が本当で

   何が嘘なのか自分でもわからない

   感覚にもやもやと苛立ってくる。

   掴めそうで掴めない。まるで煙を

   追ってるみたいだ。



   「前世で兄妹だったんよ」

   「…なにそれ」

   「お兄ちゃんって呼んでみ」

   「やだよ」

   「つれないのう。…でも、」



   呆れて溜め息を吐こうとしたその

   時、一瞬だけ揺らいだ琥珀色の瞳

   が泣きだしそうに見えておもわず

   目を見張る。なんで、そんな顔を

   するの。



   「ゆっくりでいい。だから、思い

   出しんしゃい」



   悲しい。かなしい。

   仁王の目が泣いていた

   無性に私も泣きたくなった




   ネバーランドを信じた僕らは

           vol.2 1017







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