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なんとなく寂しい夜だ。別に何があっ

た訳でもないのに漠然とした不安が付

きまとってくるような面倒くさい夜。

重い溜め息を吐いてベッドの上で膝を

抱えてみる。あーあ、会いたいかもし

れない。あの温かさとか、声色とか。

ちょっとだけ恋しい。部活で忙しいの

はいつものことで、何の不満もない。

構ってほしくなる時だってもちろんあ

るけど、あんなに真剣にボールをさわ

る姿を見てしまえば、しょうがないな

あなんて笑っちゃうから、いつだって

私は緑間くんに弱い。



それでもほら、ふとした時に会いたく

なったり触れたくなったり。そんな我

が儘、彼は知らないんだろうな。部活

後も残ってシュート練習したり、登下

校も一緒だったり、同じものを目指し

て歩いてる。そんな高尾くんがうらや

ましいなんて気持ち、知らないんだろ

うな。ちょっと悔しい。…ちょっと寂

しい。なんだか私ばかりが好きみたい

だ。



現在時刻0:21。充電中の携帯を持

ったり置いたり私の右手は忙しない。

緑間くんはまだ起きているだろうか。

電話してもいいかな。駄目かな。ああ

もう。こんなこと考え出さなければよ

かった。そうすればまた明日朝練を終

えて教室に来る緑間くんに、おはよう

って言うまで待てたはずなのに。でも

もう頭の中は呆れるくらいに緑間くん

でいっぱいで、いくら頭を左右に振っ

てみても消えてはくれない。ぽすり。

ベッドに体を預け、そんな頑固な気持

ちに降参する。もう参った。だめだ。

会いたい。せめて、声が聞きたい。



はあっとまたひとつ大きく息を吐いて

すっかり体温が移った携帯を手にする

。5コール。それを過ぎたら諦める。

アドレス帳から大好きな名前を選択し

て少しだけ緊張で暴れ出す心臓を必死

に抑えながらボタンを押した。







「…なんだ」



無機質なコール音が酷く長く感じた。

早く出て。いや、でもやっぱり出ない

で。我が儘がとまらなくなりそうだか

ら。ゆらゆら揺れる不安定な気持ちの

後、静かに聞こえた声にそっと目を閉

じる。ああ、この声が聞きたかった。



「…聞こえているのか」

「うん。聞いてるよ」

「…なんなのだよ、こんな時間に」

「うん」

「…おい」

「うん」

「……どうかしたのか」

「…う、ん」



じわり。熱を持った瞼に手のひらをあ

てる。あーあ。やっぱり電話しなけれ

ばよかったかな。もう少し、あとちょ

っとだけで良いから、声が聞いてたい

の。本当にだめだなあ、私。



「…緑間くん」

「…なんだ」

「こんな時間に、ごめんね」

「別に、構わないが」

「ごめん、ね、あと少しでいいから」

「………いいからそのまま聞け」





なんだろう。緑間くんの言葉に意図が

掴めないままで待っているとごほん、

と少し遠くで咳払いが聞こえた。



「…俺は、人事を尽くしてるのだよ」

「…う、ん?」

「何故なら、全てに於いてそれが結果

に繋がると知っているからだ」

「……うん」

「日常でのこともバスケも、そしてお

まえのことも…そうだと思っている」




とくり、とくり。心臓が脈打つのがわ

かる。さっきみたく暴れているのでは

なくて穏やかに落ち着いた音だった。

緑間くんの声が流れこんでくる。



「練習も、おは朝の占いも、日頃の行

いにしても俺は人事を尽くしている。

…それがおまえの隣に居続けることに

も繋がっていると、考えて、いる」





そんな俺をおまえは滑稽だと思うか





熱いものがこめかみを通ってシーツを

濡らした。消えていきそうな小さな声

だった。緑間くん、らしくない弱い弱

い声だった。愛しい愛しい声だった。



「…緑間くん」

「……なんだ」

「私ね、」

「…ああ」

「緑間くんが、大好きだよ」

「……そうか」

「急に会いたくなったり、声が聞きた

くなったり、触りたく、なったり、高

尾くんに嫉妬したり、してるんだよ」

「なんなのだよ、それは」

「好き、なの」



涙は絶えず流れてシーツを濡らしてい

く。肌にはりついた髪が鬱陶しかった

けれど、まだ伝えたことがあった。僅

かな沈黙をやぶって再び口を開く。



「でもね、寂しくなる時もあるけどね

バスケをしてる緑間くんが、高尾くん

と笑ってる緑間くんが、全部ね、大好

きなんだ」

「、」

「だから、これからもずっと隣で見て

いたいから、ずっと一緒に居て、ね」





言えた。言っちゃった。いちばんの我

が儘でいちばんの本音。重いかなあ。

嫌、かなあ。でもね緑間くんが先に言

うから。私が欲しがる様な言葉を、く

れたから。くれるだけじゃなくて、想

っててくれたから。随分と私は舞い上

がってしまったんだよ。



「…ずっと、か」

「うん。ずっと。」

「…そうか」

「…うん」



間が在った。長く感じたけれど、実際

はきっとそんなに長くないんだろう。

悪くないな。そう、ぽつりと響いた声

に私の頬はいとも簡単にゆるんだ。





「…んへへ」

「、俺は寝るのだよ」

「ふふ。…うん。私も寝るね」

「…もう、寝れるか」

「……うん。もう大丈夫」

「そうか。ならいい。」

「緑間くん」

「…なんだ」

「ありがとう。また、あとでね」

「…ああ。」







ぷつり。つーつー。



無機質な音がまた耳に戻ってきた。だ

けどもう先程の不安定さはない。ただ

あったかくて、嬉しくて、にやける顔

をそのままに濡れたシーツへ顔を埋め

る。あーあ。なんて幸せな夜だろう。

なんだかふわふわと愛しくて、やわら

かい。それなのに我が儘な私は最後に

また望んでしまうのだ。早く朝がくれ

ばいいのに、なんて。熱くなった携帯

を手に、気付くと涙はとまっていた。




1222 end

夜を食べる子

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