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 私より先に死なないで。
 誰も居ない甲板で彼女は
 そう呟いた。月明かりだ
 けがぼんやりと辺りを照
 らす。視線を彼女に向け
 るが俯いていたため表情
 を窺うことは出来なかっ
 た。その事に少しほっと
 する。自分もきっと見れ
 た顔をしていないだろう
 。

 人は死ぬ。そんなこと前
 々から解っていたはずだ
 。それも痛いくらいに。
 増してや俺達は海賊。い
 つだって死と隣り合わせ
 で生きている。解ってい
 る。だが今は、今だけは
 そんな事を考えたくない
 し解りたくもない。

 いっそのことぐだぐだに
 酔ってしまいたいのにそ
 れさえも叶わない現実に
 嫌気がさす。そっと目を
 伏せて酒のボトルを煽っ
 た。焼けそうなくらいに
 のどが熱い。




 「私が死んだら、そうだ
  なあ…燃やして、マル
  コの炎で」



 残った灰は海に撒いて欲
 しい。そうすればいつだ
 って皆に会えるでしょ?
 全く酷い遺言だ。こいつ
 の声はよく通る。今程そ
 れを恨んだ事はない。



 「随分と酷なこと、言う
  じゃねえかい」



 口にして気付いた。どう
 やら俺は思ってたよりも
 ずっと弱ってたらしい。
 こんな戯れ事すら聞き流
 せないなんて。



 「…もう誰かが死ぬのは
  嫌だ、いや、こわい」



 目の前の女もまたそうら
 しい。弱々しく首を横に
 振り嫌だと繰り返してい
 る。涙さえでなかった。



 どうして、なんだろう。
 これしか本当に結末はな
 かったのだろうか。俺は
 いったい何が、出来た?



 「…!」



 怖くなった。自分が生き
 ている事が。とてつもな
 く恐ろしく悲しく思えて
 仕方ない。とんだ腰抜け
 だ。



 「…マルコ?」

 「いや、だ」

 「…え?」

 「俺だって、」



 おまえすら居ない世界な
 んて、嫌だ。なんて情け
 ない。愛した女さえ安心
 させてやれない、どうし
 ようもない男だ。死ぬ時
 は一緒だなんて重荷でし
 かない言葉を無意識に呟
 いて彼女を強く抱きしめ
 る。

 情けない、苦しい、辛い
 、悲しい、あまりにも受
 け入れることの困難な現
 実。だから、どうかこの
 夜だけは赦してほしい。
 陽が昇ればまた誇りを胸
 に前を見て精一杯生きて
 いくから。




 なあ、少しくらい立ち止
 まったっていいだろい?
 あまりにも居心地が良す
 ぎた場所に想いを馳せて
 俺らしくもなく寂しい、
 だなんて思ったりとかし
 て、今夜だけだ。


 涙が流れたのは強すぎる
 酒に酔ったから。そうい
 うことにしておいてほし
 い。




 0212 Marco


 

          end





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