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  side マルコ




  「なにしてんだ?」

  「、マルコ」




  一瞬驚いた顔をしてまたすぐに伏

  せられた彼女の目はうっすらと潤

  んでいた。泣いていたのだろうか

  、あいつの前で。




  「サッチと何話してた」


  「…ちょっと体調悪くて、でもも

  う大丈夫だから」


  「それで?あいつと付き合うだと

  か、そんな話になんのかよい。」




  思ってたよりもずっと低い声が出

  た。目の前の彼女は勢いよく顔を

  上げ目を見開いている。




  「聞いてたの…?」

  「聞かれちゃまずかったのか」




  訳もなく苛立った。いや訳ならあ

  る。彼女は泣かない。少なくとも

  誰かの前で泣くことはなかった。

  それは俺の前でもだ。なのにあい

  つの、サッチの前では泣いたとい

  うのか。さっきだってそうだ。こ

  いつは必死に笑おうとしていて、

  そんなこいつをサッチはじっと見

  つめていた。この二人に何がある

  のかは知らない。ただ苛立ちだけ

  が募り酒をいつも以上に煽ると隣

  の女達が五月蝿く囃し立てた。


  俺以外の奴から隠してしまいたい

  。何度も頭を掠めた感情はまるで

  狂気だ。狂っている。こいつに。




  「あいつと付き合うのか」

  「なに言って、」

  「…別にかまわねぇよい」

  「…え?」

  「サッチと付き合えよ」




  さっきまで飲んでいた酒のせいだ

  ろうか頭が重くて上手く回らない

  。大体こいつに泣ける場所が出来

  たのだとしたらそれは喜ぶべきこ

  とではないか。俺ではなかった。

  ただそれだけのことで。



  いつだって強がることしかできな

  い、人のことばかりで甘えること

  を知らない、そんなこいつの安心

  出来る場所に他の誰でもない俺が

  なってやりたかった。ひそかに心

  の中に在り続けた想いはなんとも

  非力で醜いエゴだ。狂気やらエゴ

  やらそんなどうしようもないもの

  ばかりで愛されるこいつはなんて

  可哀相なのだろう。いい加減解放

  してやっても良いじゃねえか。




  「…よかったな」

  「ちょっとまって、」

  「まあ、サッチなら大丈夫だろ」

  「な、んで…」




  皮肉なもんだ。今にも泣きそうな

  こいつを抱きしめてやることがで

  きるのは俺じゃあない。それでも

  自惚れてしまいそうな自分に酷く

  吐き気がした。受け止めるどころ

  か重すぎる愛で押し潰してしまい

  そうだ。


  愛してる、なんて言える訳がない


  無理矢理に目を逸らし別れの言葉

  を告げようとするが唇が動かない

  。最後くらい綺麗に終わらせたい

  のに。割れるように痛む頭に手を

  置き強く目をつぶった。




  ふと頬に触れた手はあたたかく感

  じ慣れたその体温にじわりと何か

  が胸に広がる。なんで、俺じゃあ

  駄目なんだ。こんなにも、好きな

  のに。その細い身体を抱きしめた

  い。抱きしめて離したくない。




  「…そんなこと、言わないで」




  まるで懇願するようにそんな言葉

  を言わないでくれ。決心が鈍って

  しまいそうだ。理性と本能の間で

  ゆらゆらと揺れていると唇にふわ

  りと何かが触れた。咄嗟に目を開

  けて息をのむ。彼女は、涙を流し

  ていた。




  「…マルコが、好きなの」




  ごめんねと彼女は何度も繰り返す

  。こんなにも好きでごめん。私な

  んかが釣り合うわけないのに、離

  れられなくてごめん。私しか見な

  いでほしい。醜い想いばかりで本

  当にごめんね。好き。その言葉を

  最後俺は強く彼女を抱きしめた。




  「ば、かやろう」

  「ごめんね、」

  「、謝るな」

  「マルコが好き、好きだよ」

  「ああ」

  「好き、なの」

  「、俺もだよい」




  なんでこんなにも愛しいのだろう

  。震える声で涙を流しながら零れ

  る好きという言葉に嘘は感じなか

  った。俺で、良いのだろうか。こ

  んな、愛し方しかできない男だけ

  れど。こいつがたまに顔を歪ませ

  ていたのが俺のせいだったのだと

  したら酷い罪悪感と愛しさ、そし

  てそれと同時にどうしようもない

  喜びを感じた。俺もたいてい酷い

  人間だ。


  涙を流し震える身体を強く抱きし

  め好きだと伝えれば彼女は肩に頬

  を擦り寄せ背中の腕の力を強めた

  。縋るようなその仕草に愛しさが

  募る。


  何がそんなにも怖いのかはわから

  ない。こいつを俺が離してやれる

  訳がないのだから不安がることな

  ど何もない。そう言えば彼女は笑

  うだろうか。俺の為に顔を歪める

  のも愛しいがやはり笑っていてほ

  しいと思う。せめてこの場所くら

  いではありのままで居てほしい。

  やはりそれが俺のエゴじみた変わ

  ることのない願いだ。


  呟いた声は夜に溶けていく。重す

  ぎるこの想いはこいつを縛れるの

  だろうか。





  0416 marco

  





               end

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