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  長い間その背中を追い続けた。少
  しでも追いつきたくて認めて欲し
  くてただそれだけの願い。ちっぽ
  けなその想いだけが私を突き動か
  していたように思う。その大きな
  背中には堂々とした誇りが刻んで
  ありそれは私から見てもとても誇
  らしかった。

  親父について話す彼はいつだって
  幸せそうで、この人にとって親父
  はこんなにも偉大なものなのかと
  何度も感じたものだ。私にとって
  ももちろん変わらない。この白ひ
  げのマークは命と同じくらいに大
  切で、この誇りを掲げる仲間達も
  また何より誇らしかった。




  「俺は行く」




  酷く波の荒れた夜。静かに零れた
  声に息の仕方を忘れた。嫌な、予
  感がした。ざわつく胸を抑えきれ
  ずに混乱する想いの中流れた涙は
  ほのかにあたたかくてその温もり
  にでさえ縋りたくなった。あまり
  にも私は弱かった。それでも行か
  ないでと言わなかったのはその覚
  悟を無下にしたくなかったからだ
  。何を言っても彼は行く。引き止
  めて欲しいなんてそんな甘い覚悟
  ではないのだから。




  「いつ頃帰るの?」




  この空気にそぐわない馬鹿げた質
  問に彼は声を出さずに笑った。わ
  かっているだろう?そんな声が聞
  こえてきそうだ。わかっている。
  当然だ。彼が帰って来るのはティ
  ーチを捜し、けじめをつけた後。
  それが簡単じゃないことだってよ
  くわかってる。不意をつかれたに
  してもサッチがそんな簡単に殺さ
  れるわけがない。強い男だ。エー
  スが負けるだなんて思わないけど
  帰ってこれる保証だって何処にも
  ない。これ以上の恐怖はない。




  「…なぁ、」





  まるで全てを悟っているような穏
  やかな表情に私の中で不安が更に
  色濃くなる。信じたいのに、笑っ
  て送り出したいのに私は今どんな
  顔をしているのだろう。負けじと
  笑みを貼り彼に目を向ければ真剣
  な瞳と目があった。

  嫌だった、怖かった

  もし彼がいなくなったら、彼に会
  えなくなったら、考え出せばきり
  がなくて暗闇が心を支配していく
  。保証がほしい。絶対がほしい。
  そんなもの存在しないのに。



  「帰って来たら話がある」



  温かい目で、優しい声で、彼はゆ
  っくり言葉を発した。馬鹿な私は
  期待してしまう。生きたいと強く
  願ってしまう。きっとわかってい
  るのだろう。私はもうずっと彼が
  特別に大切だった。



  「だから、待ってろよな」




  エースは笑った。何か悪戯を仕掛
  けようとする子供の様に。稀に彼
  はこうゆう顔をするから狡い。私
  はこのエースの無邪気な表情にと
  ても弱いのだから。



  「…待っててあげる」

  「ははっ!…おう。」

  「、だから」




  だから、絶対に帰ってきてね。























  懐かしい夢を見た。あの時交わし
  たエースとの約束は未だ果たされ
  ていない。それでも私はあの時の
  約束と彼の笑顔を糧に今日まで生
  きてきた。



  「…おい」



  顔をあげると日の暮れた大きな食
  堂にはテーブルに寝そべっていた
  私と腰に手を当てけだるそうに立
  つマルコしか居なかった。辺りは
  真っ暗で波音だけが微かに聞こえ
  る。なに?と尋ねる前にマルコは
  口を開いた。




  「戦争がはじまる」








  例えば、彼を救えるのであれば死
  ぬことすら苦痛じゃなくて、エー
  スが笑い、泣き、怒り、また笑う
  。そんな世界が続いていくのであ
  れば私はなんだってする。何故な
  ら彼の夢は私の夢であり、私は彼
  を愛しているのだから。


  

  彼がいなくなって
  私は初めて涙を流した。





  0722 ace

              end





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