白闇の書(長編)

□白哀華 第九章
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「その頼みがどういう意味を持ってるか、わかってる?」






沖田の懇願に対しての銀時の第一声は、其れだった。

「勿論でさァ。これでも考えに考えた末の答えですぜ。」

「…本当に?」

「疑ってるんですかィ?」

「いや、沖田君がある程度頭の切れる奴だってのは知ってっけどさ。」

それにしても突飛だなぁ、と思って。

銀時はクスクスと笑った。




「旦那。これでも俺、結構真剣なんですぜ?」

「うん、そうだろうねぇ。」

銀時は珍しく肩に力が入り、緊張している風の沖田を見る。



普段は年に相応しく無い捩れた性格をしていて、上司土方の暗殺を試みたり、

ドS気質で周囲からも時々恐れられている青年。


しかし、何かと付き合っていくうちに、近藤や姉を慕う真っ直ぐで純粋な面も持ち合わせている事に気がついた。



己は元より捩れた性格をしている故に、そういう真っ直ぐな心を持つ人間を銀時は嫌いでは無く、寧ろ頼もしく思ってもいた。




「でもさ沖田君。それはお前、自分の護ってきたモンに刀向けられるって事だろ?」

「そうなるでしょうねィ。」

「それでもお前は、此方に進むの?」」

己を試すような、覚悟の程を窺う問いかけ。

沖田はそっと溜息をついた。







「…だって旦那。アンタはもう、分かってるんでしょう。」


「ん?」

瞼を伏せ、常よりも幾分低い声で呟く。











「いづれ真選組は潰される」










其の言葉に反応したかの如く、微かに風が吹き、川沿いの柳をそよそよと揺らした。

柔らかく身を包むように通り過ぎる風に、銀時も視線を落として風が止むのを待った。


柳の動きが止まり、銀時は顔を上げて、瞼を伏せたままの沖田を見つめた。







「何時、其れに気付いたのか教えてもらえる?」

「江戸に来て、少し経ってからでさァ。とは言っても、暫らくは直視して考えようとしなかったんで、

確信したのは最近になってですがねィ。」









武州から、やっとの事で江戸に上京し、幕府の下で武装警察としての日々をおくり始めた時。

両親のいない自分を可愛がってくれた近藤を筆頭にして、この江戸の街を護っていくのだと誓った時。

沖田は天人に支配された国でも、侍の刀を持ち続けていられる事に誇りを持っていた。






近藤の為に。

自分を支えてくれた姉の為に。

自分と共に近藤に忠義を誓う隊士達の為に。






言葉にこそ言い表す事はしなかったが、確かに期待と決意と喜びに満ち溢れていた。

近藤が己の剣の腕を認めてくれていたのも嬉しかった。









しかし、数々の修羅場を超え幕府の元で働いていくうちに、幕府に対して疑念や矛盾や不条理をひしひしと感じるようになった。




それは、真選組の頭脳と称される土方や隊士達も認識していた。









しかし、今のままでいられるのかという疑念を持ったのは、沖田だけだった。










「俺はこれまで、幕府にのために働いてきたんじゃないでさァ。旦那と同じ攘夷に加担したとて、

近藤さん達を見捨てるつもりなんて少しもありやせん。だが、いくらその近藤さんの意思だとしても、

どうしてもこのままの真選組じゃ壊れるのが明白だと思うんでさァ。」

「だから、己は真選組を抜けて、切腹モンになっても護り通す、って事か?」

「…そうでさァ。」

「…成程、ね。」


(コイツぁ、化けるかもしれねぇな…)

銀時は強い眼で自分を見据える沖田を凝視すする。



「だが、俺達の世界はそんなに、ヤワじゃねーぜ?」

「・・・。」

「さっきも言ったが。俺達は腹の底から憎しみを抱えてる。テメェらのような綺麗な生き方はしてねぇ。

泥まみれの地獄這いずり回って、それでもあの人の教えだけは破りたくねぇと足掻いて、結果生き残っただけだ。」

銀時がそう言って、自嘲した。

過去に抱えてきた物の多さの差異を感じざるを得なかった。



「…旦那。確かに俺は、否、俺達が超えてきた修羅場なんざ、旦那方にとっちゃあ修羅場でもないかもしれませんがねィ。

だからこそ俺は攘夷に参加したいと言ってるんでさァ。

俺はただ、真選組の為だけに此処にいるんじゃない。」

「ほう」

「旦那方、差し当たっては此の国の有り様。きっと今、俺が知らない裏が絶対にあるハズでさァ。

アンタ方は、その“裏”に生き、もっとも裏を正確に読んでそうですからねィ。」

「つまり、俺達から過去を学ぶと?」

「まァ、そういう事でさァ。」




銀時は面白そうな笑みを浮かべ、そうだなあ、と呟いた。





しかし、次の言葉を紡ごうと開きかけた口が止まる。







「旦那?」

沖田が不思議そうな顔で銀時を覗き込む。







気配が1つ、そろりと、此方に近づいていた。








(この気配・・・・。ジミーか)






銀時はこの気配に憶えがあった。

其れは、紅桜の一件の後、恒道館で療養中だった時に忍び込んできた者と同じもの。





しかし前より気配をより感じさせない其れに、銀時は口尻を上げた。



(こりゃあ未だ伸びるな。ジミーも、沖田君も)






「旦那、どうかしたんですかィ?」

未だ気配に気付かない沖田は、首を傾げる。




気配は着実に近づいていた。

(一旦、退くか)




「沖田君」

「へい」

「さっきの返事、明日でもいいかい?ちょっと晋助やヅラ達にも相談したくてよ」

「構いませんぜィ」

「そうか。じゃ、明日同刻に此処でいいか?」

「わかりやした。良い返事、期待してますぜ。」


沖田の言葉に銀時は微笑み、じゃあなと手を振ると、銀時はあっという間に狭い路地へと姿を消した。

















気配は、足を止めた。











残された沖田は橋から、そよそよと微かに揺れる柳を見つめたまま、夜が明けるまでそうしていた。















「沖田隊長・・・・・」













(副長に報告、すべきだろうか)











携帯を片手に、山崎はそっと沖田を見ていた。
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