白闇の書(長編)
□白哀華 第九章
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昨日と変わらず今宵もそよそよと揺れる柳を見つめていた。
人通りの少ない寝静まったこの場所で、柳だけが揺れ動く様は、
薄明かりの電灯に照らされている事と相俟って幻想的な雰囲気を醸し出している。
静かだな。
昨日同様橋から小川と柳をじっと眺めていた沖田はそう呟いていた。
昨日約束した時間より幾分早い。
しかし、真選組を抜け、居候しようと転がり込んだ万事屋も、目的であった銀時を追ったため結果的に出て行った事になる沖田にとって、
他に何処か転がり込む処が有ったわけでも無く。
昨日、銀時が去った後、夜明けまでずっと橋の上でのんびりしていた沖田は、
日が昇り、人々が活動を始めた頃に漸く橋を離れ近くの宿を借りた。
数時間仮眠を取った後、しかし長居をすれば土方達に探し当て連れ戻されそうな気がして、
まるで初めて家出をした中学男子のようだと己を嘲笑しながら、
それでも伊達眼鏡などを調達すると、近くの甘味屋や喫茶店を転々としていた。
やる事は何も無い。ただ、今宵の銀時の答えを待つのみ。
銀時の反応は悪くは無かった。
だから、然程断られる事など心配はしていない。
銀時の元で学びたいと。これから起こす銀時達の攘夷活動に、己も参加させて欲しいと。
仮にも幕府の幹部の1人である自分にとって、まず許されるはずもない行為。
もしかしたら2〜3日後には、自分は幕府を裏切り、真選組を裏切り、攘夷志士へと成り下がった男として、報道されているかもしれない。
指名手配になって、今まで護ってきた仲間に追われて、刀を向けられて。
頭に浮かび上がるのは、そんな現実味を帯びた未来。
それでも真選組を抜け、銀時達について行きたいと頼んだ事には、微塵も後悔はしていなかった。
イカれてしまったと、思われるかもしれない。
とんだ愚か者だと罵られるだろう。
それでも、この道を進むのが己の宿命、これが己の役目なのだと、非道く納得していた。
「そろそろ、来る頃ですかねィ」
銀時が来ないかもしれないという不安は一抹も感じない。
少し心を落ち着けた沖田は、自分の此の選択が、自分の人生に大きな影響を与えるものになるだろうと思うと、
ふつふつと湧き上がる、静かな興奮を感じられずにはいられなかった。
だから、何時もの沖田なら認識できぬはずのない複数の知り尽くした気配にも、
彼らが自分の居る橋を取り囲もうと現れるまで気付かなかった。
「悪ぃな総悟。待ち合わせの前らしいがキャンセルしてくれや。」
ぞろぞろと人影が現れ、隊士達が橋の両端を取り囲むのと同時に、
土方の澄んだ声が静かな闇に響き渡った。