白闇の書(長編)

□白哀華 第九章
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今まで護ってきた仲間に追われて、刀を向けられる事も有るかもしれない。

そんな現実味を帯びた未来が頭に浮かんでいた沖田は、早速其れが現実になったようだと、

此処まで知り尽くした気配が大勢近づくのにも気付かず物思いに耽っていた自分の愚かさを悔やむ。


己を取り囲む隊士達には、自分の率いてた壱番隊も含まれていた。

信じられないというように見つめてくる彼等に一瞥をくれると、

沖田は隊士達の先頭に立ち、煙草を吹かしている男の方へと顔を向けた。

「土方さん、俺ァあんたと待ち合わせをした記憶は無いんですがねィ。」

「…そうか。じゃあ一体、誰と待ち合わせしてたんだ?」

土方がニヤリと笑って見せた。

その背後には、暗い顔で目を逸らしている山崎がいた。近藤の姿は無い。








銀時と此処で待ち合わせをしたのは昨日の此の時間。

それから沖田は一度も真選組の隊士に接触もしていないし、銀時と今夜会う事を告げてはいない。

つまり、昨日の銀時との会話を誰かに聞かれていた事になる。


しかしいくら銀時の反応を探るのに必死だったとは言え、

沖田はそこいらの密偵に易々と盗み聞きをされる程弛んでいるつもりは無かったし、

何よりも銀時がいたのだから、気付かないはずも無かった。




ただ、沖田ですら時折気配を取り損なう男が、真選組には1人だけいた。





(…そうか。俺達を見つけたのは山崎だったって事かィ)


「俺とした事が、随分周りが見えなくなるくらい必死だったみたいでさァ。」

そう言って再び山崎に視線を遣ると、山崎はビクリと肩を揺らした。



それでも、銀時が山崎に気付かないとは思えない。

恐らく銀時は、山崎が近づいてきているのに気付いて、話を中断したのだろう。

だとすると山崎に聞かれた内容は、ほんの最後の会話に過ぎないという事になる。












旦那は、態と山崎にギリギリ聞き取れるくらいの時に待ち合わせの話を持ち出したかもしれねぇ。

全く、恐ろしい人でさァ。

沖田はくすりと笑うと、ぐるりと回りを見渡す。

全員刀は鞘に納まったままで、しかし易々と逃がしてくれそうでも無かった。

それでも、焦りは感じない。



もし態と銀時が山崎に聞き取れるように待ち合わせの場所と時間を言ったという自分の推論が合っていれば、

この状況は銀時に、自分と山崎達真選組がまんまと嵌められて作り出された状況という事になる。

此れが意図した状態なのだとしたら。



「もしかして俺ァ、試されてるのかもしれねぇや。」

笑みを浮かべ、何やら1人言を呟く沖田に、隊士達は困惑の表情を浮かべている。

土方は沖田に睨み付けた。


「総悟。単刀直入に言う。何故真選組を抜けて、万事屋と会っていたんだ。

お前が今してる事が、どういう事か、わかってんのか!?」

土方の叱責が、静かな住宅街に響く。

「同じ質問を昨日、旦那にもされたんでさァ。『その頼みがどういう意味を持ってるか、わかってる?』ってねィ。」

「…それでお前は、なんて答えたんだ?」

「…なんて言ったと思いやす?」

「…真面目に答えろ、総悟」

「俺ァ何時に無く、大真面目ですぜィ。ただその問いに対する答えは、未だ土方さん達は理解してくれそうに無いんでねィ」

「てめぇ…いい加減に…」

土方がひくりと頬を引き攣らせ、囲まれて動けない沖田の方へズカズカと歩みを進めたその時。




ヒュン、という風を切った音が複数聞こえたかと思うと、今度はカカカカカ、と音を立て何かが突き刺さる音がした。

橋を取り囲んでいた隊士達が、声無き悲鳴をあげて大きく後ろに仰け反る。

彼等の前には、綺麗に並んだクナイが突き刺さっていた。



橋の中心にいた沖田に、沖田に近づいていた土方には、容赦なく本人目掛けてクナイが飛ばされていた。

土方はそれを一瞬で刀を抜き跳ね飛ばし、沖田はすと右手の指でクナイを受け止めた。

「何者だッ!?」

隊士達が慌てて抜刀して警戒する。

「出てきやがれ!!」

沖田に背を向け、周囲の様子を窺っている隊士達をながめ、沖田はクナイを弾いたまま刀を鞘に納めない土方を見た。

「…知らない気配でさァ。土方さん、心当たりありますかィ?」

「…知らねぇ。おい!其処にいるのは分かってんだよ!出て来い!!」

土方はそよそよ揺れ続ける柳の方に刀を向ける。

隊士達の視線も一斉に其処に集まった。












「…クナイを弾いた、か。まぁこれくれぇはやってもらわねーとなァ。」

「御目当ての総一朗君は、抜刀もしてないぜよ。なかなか大したものじゃのう。」

「阿呆か。銀時が認めてんだ。それくれぇ出来て当然だろ」

「晋助は厳しいのう」

一際大きな柳の木からそんな会話が聞こえたかと思うと、次の瞬間、再び風を切り裂く音がして、

2つの影が、ふわりと橋に降り立った。






「待ち合わせ場所は、此処でええかのう、総一朗君?」

「てめェが沖田か」



「なっ…お前は…高杉!!」

土方が驚きの声をあげる。




「俺が会う約束をしてたのは旦那なんですがねィ。」

「銀時の代理だ。」

高杉はそう短く告げると、眼力の強い目で沖田を見つめる。



「銀から話は聞いた。お前がどれ程のモンか、見定めてやるぜ」

「殺したら駄目ぜよ、晋助」

「わかってらァ」


高杉がペロリと舌で唇を舐める。



(やっぱり、試されてたって事かィ)

沖田の口尻も上がった。
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