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ちょっと小ばなし
◆秋のセミ
「あ、」
と、女が声をあげた。振り返ると一点を見つめていた。その視線を辿ると、死んだ蝉に遭遇した。
「セミか?」
「うん」
ポトリ、と、乾いた蝉は仰向けに寝ころんだまま動かない。どうやらメスのようだ。オスにはついている発音器官が見あたらない。
「メスだな」
「うん、いこう」
女はもうセミを見なかった。
2010/09/19(Sun) 22:49
◆居場所
君を失いたくないから、目をひんむいて、口を裂けんばかりに広げて、笑うよ。
2010/08/22(Sun) 23:50
◆男には守りたいものがあった
彼は、泣かない。
いつだってひょうきんにちゃらんぽらんに振る舞って、あけすけのない本当に気持ちの良い笑顔を浮かべている。
みんな、彼のことを気の良い奴だとか、陽気で悩みがなくてうらやましいとかいう。でも人間って、少しは、暗くなったり、悩んだり、泣いてみたりするものなんじゃあないのだろうか。
「俺だって、泣くことぐらいあるさ」
「そうなの」
「そうだよ」
夜の甲板で、彼はそういってやっぱり笑った。
2010/08/01(Sun) 13:53
◆夏の朝
あたまがぼやぼやしてなにもする気がおきない。隣で泥のように眠る男はいろいろな液体がまざったものでびしょ濡れになっているようにみえた。遠くでセミがないている、こまった、食欲がでないかわりにお腹がいたくなってきた。
怠惰、冷蔵庫のなかにあまったるい飴がはいっていたはずだ。それを男のくちに放り込めばこいつのくちのなかはからからに乾くはずなのだ。
2010/07/26(Mon) 13:17
◆ルフィ/あやまち
放課後の教室、とくに親しくもないクラスメイトが机にすっぷしてずびずびと醜い音を立てながら鼻水をすすっている。机の上はきっと涙と鼻水の海だ。海は好きだけれどそんな人工的な塩水はなんの魅力もない。
俺は、たまたま教室に傘を取りに来ただけだった。後ろのロッカーに入れてある、埃のかぶった折りたたみ傘。
「使うか?」
思えば、ここで声を掛けたのが間違いだった。
「お前、かわいそうだな」
ただ俺は、持っていた折りたたみ傘とあいつが、とっても似ていると思っただけなんだ。
2010/06/23(Wed) 00:54
◆不破雷蔵/まわるまわる
「君は目を伏せて、まるで許しを請うような風情だけれど、そんなものにだまされる僕ではないぞ」
「ゆるし、ですか」
「とぼけても無駄だ。なにをやっても僕の気持ちは変わらんのだ」
「……」
「なぜ黙る。なぜ黙るのだ。ああいい、教えてやろう。お前にはどうせ罪悪感など毛頭ないのだ」
「……」
「ふん、図星すぎてぐうの音も出ぬか。分かっている、お前の腹の内など、僕にはお見通しなのだ」
「……」
「……お見通しなのだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……寒い」
「……ちょっと、まて」
「どうだ、まだ、寒いか」
「…いいえ」
「そうか」
「……」
「……」
「……」
「…こっちへ、来い」
「……」
「寒い、か」
「…はい」
「これでも、寒いか」
「…いえ」
「そうか」
2010/06/12(Sat) 20:43
◆ミホーク/ボーダーライン
見つめるだけで良いのなら、目だけでいい。
けれどわたしは口をつかった。知りたかったから。
その後は手もつかった。足も使った。それから先は、野暮よね。
あなたの名前を、砂浜に書くよ。湿った土。きっと潮が満ちれば波にかき消されてしまうほどのはかない、くぼみ。もしかすると水分が蒸発してさらさらと逃げてしまうかもしれないね。
そうすれば、この砂浜は、この海は、あなたを忘れてくれるのかしら。
忘れて、ほしいのに。
2010/05/23(Sun) 02:02
◆エースとクロコダイル(not夢notBL)/響く声
最近、Lv.6に珍しい人間が入ってきた。ポートガス・D・エース、白髭海賊団の2番隊隊長だったはずだ。2番隊の、隊長まで任されるような人間が、満身創痍の状態でぶち込まれたときにはフロアの誰もが目の色を変えた。
囚人服も着せられず、手錠で完全に動きを封じられている。どうやらやつは近日にも、処刑されるらしい。
「クロコダイル、か」
俺がずっと観察していたのに気づいたのだろう。奴は喉からしゃがれ声を出した。
「そうだ」
「弟は、元気だったか」
「何の話だ」
「弟、ルフィだ、俺の弟なんだ」
「ああ、麦わら…」
嫌な名前を聞いた。妙に風通しの良い、きっぱりとした目を、思い出していた。
「やつは、自分が流した血で、俺を殴った」
「……」
「あいつの事は、嫌いじゃないな」
「俺はルフィの兄貴なんだ」
うわごとのように呟いて、それからむっつり黙り込んだ。
2010/05/14(Fri) 21:12
◆目を閉じて
眠い、
こんなにも睡眠を渇望したのは初めて。私が、むしろ人間が、こんなにも眠りたくなることが今まで、もしくは、この先、あるのだろうか。
暖かい場所、柔らかい布団の中、いち早く眠りたい、それ以外にはなにもしたくないよ。
目を閉じて、3つ数えるまもなく、きっと眠りに落ちる。目にはなにも映らない、音が鼓膜をゆらすことはあっても、脳がそれを認識するには至らない、痛点だって鈍くなる。
目を閉じて、目を閉じて、
2010/05/06(Thu) 23:41
◆春の昼下がり
ブーン…、
虫がいる、その辺りを見回してみても、しかし音の主は見つからない。しばらくして、それが換気扇の方から聞こえてくるのがわかる。どうやら虫は、換気扇のなかにいるらしい。
じっと聞いていると、換気扇の羽にからだをぶつける音が聞こえた。しばらくは羽音とからだをぶつけた音が聞こえていたけれど、やがて音は遠ざかっていき、ついに何も聞こえなくなった。
私はキッチンで、ガラスコップに牛乳を入れる最中で、ふと、自分が呆然と換気扇を見つめて立ち尽くしているのを知った。
虫は、無事に脱出した。神経系の点でも、れっきとした下等生物で、きっと脱出をしらないから自分が閉じ込められていたことだって、知らないのだろう。人間には脳みそがあるもの、そんなことを考えながら、レースのカーテンを通って窓から入ってくる光をひたすらに見つめていた。春の昼下がり。
2010/04/17(Sat) 17:52
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