企画

□か
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声なんて出せなくったって、自分の想いを伝える術はいくらだってある。

例えば手を繋いだり

例えば抱き締めあったり

例えば………


【声が出ない降旗くんと過保護な赤司くんの



「光樹!」


 靴を脱ぐ時間すら苛立たしく、飛び込んだ自宅。短い廊下を全速力で走り、扉を開ければリビングの中央に設置されたソファーに片割れががちょこんと座っていた。

 ノボリは大股でクダリに近付き目の前に片膝をつく。


「大丈夫なのですか?」


 そっと頬に指を揃えて尋ねると反射的に答えようと、クダリの唇が開いた。しかしすぐに表情が曇ってしまう。


 そして、自らの指を喉にあてて、クダリは緩く首を振った。


 ノボリは頬に添えていた手を外しじっとクダリをを見詰める。


 「──本当に、声が出ないのですね」


 愕然とするノボリにクダリがこくんと頷く。

 力なく項垂れるノボリに今度はクダリが手を伸ばす。ノボリのこめかみへとクダリの指先が優しく触れる。ゆっくりと慈しむように髪を掻き上げる動きに、自分が汗をかいていることを知ったノボリは苦笑する。


 「ああ。貴方が心配ですっ飛んで来たんですよ。何事かと思いまして」



 遡ること数時間前

 ギアステーションの執務室で書類整理をしていた時に傍らに置いていた携帯がメールを報せるランプを点滅させ自己主張を始めた。届いたのはクダリからのメール。そして、そのメールを読んだ時、部屋には職員が数名いた。


 『病院にいってきたよ。咽頭炎で声がでなくなっちゃったけど、2・3日で治るって。熱は下がって声が出ないこと以外は大丈夫だから心配しないでね』


 短い文章を二度読んだノボリは突然立ち上がった。椅子が大きく鳴るほどの勢いに驚いた職員たちの視線が集まる。背凭れに掛けてあった上着を引ったくるようにして取ったノボリへ、職員の一人が恐る恐る声をかけた。


 「ぼ、ボス?」


 「全線運休」


 「へ?」


 「バトルサブウェイは当面全線運休です!」


 「ちょ、ちょっとボスぅぅぅぅ?!」


 後ろで訳もわからず喚く職員に視線もくれず言い置いて部屋を飛び出し、そして今やっとクダリの待つ自宅に駆け付けたのだ。


 無茶して、とクダリの唇が動いた。心配そうに額や髪に触れながら。


 「無茶などしておりません。それよりも、咽頭炎とのことでしたが、酷いのですか?」


 数日前から風邪気味だったクダリは、昨夜ついに熱を出してしまった。朝に熱はひいていたもののノボリの勧めもあり(本当は嫌々だったが)今日は仕事を休み病院へ行っていたのだ。


 炎症事態は大したことないから大丈夫。2・3日もすれば声も出るって言ってた。


 二人の連絡用にとリビングのサイドテーブルに置かれたホワイトボードを持ってきたクダリがそう書く。


 「2・3日もですか!?あぁ、病院を変えた方が良いかもしれませんね。きっとヤブ医者でございますね」


 並んでソファに座っているノボリが吐き捨てるようにそう言うと、クダリが声なく笑い、ノボリの唇に人差し指を置く。そんなこと言わないの、と聞こえてきそうな柔らかな仕草で。


 「だってそうでしょう?。あ、痛くはないのですか?」


 全然、とクダリ首を振る。それでもノボリの表情は暗い。


 溜息をついたクダリは、両手でノボリの頬を包み込み、ノボリ、と唇を動かした。ノボリが顔を上げて視線がきちんと合ったことを確認してから、でき得るかぎり明るくクダリは微笑んでみせた。


 平気だよ、とゆっくり唇を動かしそのままノボリの唇に口接ける。触れるだけの短いキスを解いたクダリは悪戯っぽく笑い、ね? と言わんばかりに小首を傾げた。そして、ここでやっとノボリも笑顔になり、クダリを胸に抱く。意識せず詰めていた息が、大量の溜息になって漏れた。


 くるまれるまま身体を預けていたクダリの腕が、宥めるようにノボリの背中をさする。掌の動きは、大丈夫、大丈夫と囁くように繰り返された。ノボリはクダリに見えないように苦笑いを零した。これではどちらが病人かわからない。


 「しかし大事ないとはいえ、クダリの声がないのは思ったよりも効きますね」


 自分の声のみが響く室内でそう呟くと、クダリはノボリより余程悲しそうに眉を寄せノボリの顔を覗き込んだ。そしてごめんね、と唇が動いて言葉を伝える。


 「クダリは気にしないで下さいまし。貴方が悪いのではないのですから」


 髪を掻き回してやってから、ノボリが立ち上がると、コートの裾をぎゅっと掴まれる。


 「何でございますか、クダリ?」


 不信に思い振り返ると、心細そうな顔のクダリがいる。


 「少し早いですが、夕食の用意をいたしましょう。栄養があって喉に刺激が少ないものを作って差し上げますから」


 そう言ってもう一度頭を撫でてやるが、クダリの指はコートの袖を離れない。ノボリはもう一度踵を返し、ソファに座り直してクダリの瞳を見返した。


 「どうしたのですか、クダリ?」


 だって、といったん動いた唇が、ためらって止まる。俯きそうになるのを、ノボリの指が許さなかった。顎と頬を支えて、もう一度向き直らせる。


 「ほら、ちゃんと言って下さいまし。ただでさえ伝わりにくいのですから」


 そう促すと、ためらいがちにクダリの唇が動き出す。
 いつもよりノボリが優しいから、なんか……とゆっくり声なき声が告げる。


 「なんだか変、でございますか?私はいつでも貴方には優しくしているつもりなのですが。それに…正直、私も堪えているのですよ。貴方の声が聞けないというだけで、こんなに寂しくなるなんて」

 そう言って、ノボリが寂しそうに微笑むとクダリが勢いよくノボリのコートの袖をぐいっと引き寄せた。ノボリが次の言葉を唇に乗せる前にクダリの唇がそれを封じてしまう。


 「──クダリ?」


 いきなりのキスに眉を上げて尋ねると、クダリがむくれた顔をしていた。


 「クダリ、何だと言うのですか?」


 困り顔のノボリに、クダリはもう一度身体を伸ばして、その唇に口接けた。一度目同様、軽いキス。ただし、音付きで。


 キスが挨拶のお国柄育ちではないが、クダリのスキンシップは過剰でキスを仕掛けてくることはままあること。しかし、派手な音はたてない。──いつもなら。


 真意をはかろうとクダリの瞳を見詰めていたノボリは、あ、と声を上げた。


 「今クダリから音を出せる唯一のもの、ということですか?」


 そう言うと、とても嬉しそうにクダリが頷いた。正解、と唇を動かす代わりに、音付きのライトなキスが唇に降ってくる。


 「成程」


 前髪を掻き上げてやり、こちらは音のないキスを返しながら、ノボリは笑う。


 「さすがクダリですね。キスで会話でございますか」


 そうでしょ?、と首を傾けたクダリはノボリの腕に巻きついた。視線を合わせて、唇を動かす。

急いで来てくれて、ありがとう、と。


 「どういたしまして。早く治って下さいまし」


 素早く身を屈め、おまじないのようにノボリは喉元へ口接ける。



Love Communication





 「しかし、キスもいいですが、それはいつでもできるでしょう?私は早くクダリ、貴方の声が聞きたい」


 ちらりと上目遣いにクダリを見上げれば、クダリは声なく笑った。小さく頷き、自分よりも低い位置にあるノボリの額、鼻、唇に、安心を与えるキスを贈る。

早くよくなるよと想いを籠めて。




声なんてでなくとも想いを伝える術はいくらでもある。

例えば手を繋いだり

例えば抱き締めあったり

例えば



口接を交わしたりとか

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