企画

□見てはいけない
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文:緋柳 涙

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「ベッド下に何か居たら……って考えた事ねぇか?」



見てはいけない



語り手:キルネンコ








 唐突、そして最悪のタイミングでキルネンコは切り出した。

 話の流れをぶった切られるのは今に始まった事ではないが、制服のボタンを落とし、拾おうと正にベッド下に手を突っ込んでいるこのタイミングで言う事ではないのでは。


 カンシュコフは眉間に皺を寄せて、ニヤニヤと人を食ったような笑顔を貼り付ける端正な顔を睨みつける。


「あー、あれだろ?ベッドの下にストーカーがいたっていうオチの都市伝説」


 そして妙に語りの上手い彼が口を開く前に流れを断った。

紅の双眸が面白くないと如実に語る。


「ンだよ…知ってんのか監獄(ハコ)入りのクセに」

「オイ箱入りの字おかしい!それ意味大きく違うだろ!………じゃなくて、そん位知ってるっつの。噂好きの同僚がいるからな」

「ふーん」

 声のトーンを一段落として呟くキルネンコに苦笑した。

 結構いい歳なのだが、彼は少しでも思い通りにならないとすぐ怒る、若しくは拗ねる。
いや、当監獄に収監されている彼の兄も同様なので【彼等】と称した方が正しいかもしれない。

(ったく、世話のかかる双子だな…)

 だがそんな双子の片割れを甲斐甲斐しく世話して、片割れとは恋人(大概欲求処理に使われるだけだが)という関係に落ち着いているカンシュコフ。
 世話焼きと言えばまだ聞こえはいいが、つまりヘタレなだけだったりする。


「…まだ見つかんねえのか?ボタン」


 拗ねて黙っていたキルネンコを顧みずごそごそとベッド下を漁っていると、不意に笑いを含んだ声が降ってきた。

 これは悪戯を思い付いた時の声だ。


「邪魔すんなよ」


 そう釘を刺すも、次の瞬間には額が床に叩きつけられる。
後頭部に乗る固い感触から、踏まれていると即座に理解した。


「ッキルネンコ!!」


 揶揄ではなく、本当に化け物じみた力のある彼の足はカンシュコフの全力を以てしてもびくともしない。僅か頭を横に向けるだけで精一杯だった。

 変装の為看守の制服を纏った長い脚と組んだ腕。その更に上にある顔が嗜虐的に歪む。


「―――或る日、隠された女の話」


 弧を描いた唇から拗ねた時より低く、小さく、それでいてしっかりと鼓膜を震わす声が紡ぎ出された。


「彼女には、愛した男が居た」


『それはそれは綺麗な金の髪と蒼の瞳を持った男。

ただ一つ、男には欠点があった。女癖が悪かったんだ。

だが驚く事に彼女はそれを許容した。

何があっても誰と逢っても、自分の所に彼は帰ってきたから』


 何を考えているかは知らないが聞き流しながら足を頭に乗せたままボタンの捜索を再開する。


 手に当たるのは固いコンクリートの床の感触だけだ。



「…その日、帰ってきた男の様子が違っていた


『おかえり』と言っても返事をせず、ただ黙って彼女を寝室へと連れて行った」

「官能小説、紛いの展開やめろよ〜」


何となく嫌な方向に向かう話を遮り茶化すと、足の力が強くなる。

「違う」「黙れ」2つの意味だろう。


「男はただ一言『ごめん』とだけ呟いて


―――彼女を、ズタズタに切り裂いた」


確かにここにある筈のボタンはまだ指先に触れない。


「薄れゆく意識の中、彼女の中にはただ疑問ばかりが渦巻いていた

今まで愛していたのに

彼に尽くしてきたのに

彼も応えてくれていたのに

帰ってきてくれていたのに

どうして、どうしてどうしてドウシテ…!」



グリ、と足が半回転された。

「い…ッンだよ!?」

思わず見上げる。
いつもより暗く光る気がする紅が細められた。


「どうして、彼女は殺されたと思う?」

「知るか!どうせ男が最低野郎だっただけだろ!」


半ばヤケで怒鳴ると、満足げにキルネンコが嗤う。
組んだ腕を解き、左の人差し指を立てた。


「なら、ここで一度男からの彼女を見てみよう」


男は、彼女が怖かった

気が付いたら家にいて

気が付いたら隣にいて


―――気が付いたらパーツを減らしていく彼女が


パーツ。部品。人体のパーツ…



「ッ…!」

察しがついて、カンシュコフはゾクリと背を粟立たせた。


「最初は足の指が減っていった。次には手の指が減っていった」


何故、問い詰める事が出来ないのか、何故追い出せないのか、何故傍に置き続けてしまうのか男には分からなかった。

ひょっとしたら、彼女の狂気は呪いのようなものだったのかもしれない。

だけど『その日』、片目を無くしていた彼女を見て男の目は醒めた

彼女が不気味で気持ち悪くて仕方なくなったんだ



「そして、行動を起こした」

…そう言ってゆるりと、頭に置かれた足が退く。

「………」


それでもカンシュコフは動かなかった。
いや、動けなかった。

 話を聴いている間も絶えず動かしていた腕に漸く触れた小さなボタン。



 それを掴んだ手に、冷たい【何か】が被さっていたのだ。



 カンシュコフの異変に気付いているのかいないのか、コツ、と革靴を鳴らしてキルネンコが歩く。


「そして切り裂いた彼女は、ひとまずベッドの下に押し込んだ」

 そして、幸か不幸か、その家は男が出かけて数分としない間に火事が起きて焼けてしまったから、男は二度とそこに戻る事はなかったという…


 ギィ、


キルネンコが部屋の扉を開く。

「………、!」

声を出したいのに、喉が引きつり出てこない。

ただ唯一自由な眼球は、誰もいなくなったベッドの上から底抜けの闇へとシフトし、





隻眼の【彼女】が笑ったのを認めた。





「哀れな狂気の彼女は理由を求めて未ださ迷っている


ベッドの下、帰らない男をひたすら待って



『早く帰って来て、教えて…』」


闇から伸びた真っ白な手。指が二本しか残っていないそれが頬を撫でる



「――――――ッ!!」



 それを合図に、自分の、人間の喉から出るような音ではない叫びが出た。

隻眼がゆっくり細められる。






















 ワタシ、コンナニ貴方ヲ愛シテイルノニ






















 バタン、






「―――だから、ベッドの下は覗いてはいけない」








<暗転>











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