企画
□ひとり隠れんぼ
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書き手:緋柳 涙
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ひとり隠れんぼ
名前は聞いた事があるでしょうか
丑三つ時にお家で行う【遊び】です。
必要なのは人形と刃物、お米、塩水、テレビ、そして貴方。
まずはぬいぐるみの綿を抜いて、替わりにお米と自分の爪や髪をいれ、赤い糸で縫いつけ水の中に隠します。人形に名前を付けておくとより効果的だそうですよ。
10数えたら人形を探して、見つけて下さい。
見つけた人形に『みーつけた』といって刃物を突き立てたら、鬼を交代。
今度は貴方が隠れる番です。
後は、テレビはつけたまま部屋の電気を全てけして隠れてくださいね。
ああ、そうそう。コップ一杯の塩水を忘れず持って隠れて下さい。
そして、これに明確な終わりはありません。
貴方が飽きたら、塩水を人形にかけて無理矢理終わらせて下さい。
「僕の勝ち」って3回言ってね。
あ、そうだ。
明確な終わりはないって言いましたが、必ず一時間以内に"勝って"下さい。じゃないと、永遠に鬼に追われる事になってしまうらしいですよ…
さて、これでこの遊びのおおまかな流れは理解いただけたでしょうか?
今日は僕プーチンが、それで遊んだ知り合いの民警さんが体験した不思議な出来事をご紹介します。
では、お耳を拝借―――
ひとり隠れんぼ
語り手:プーチン
その体験をした民警さんは、名前をコプチェフさんと言います。藤色の髪と少し垂れ目がちな紫の瞳が特徴的な男の人。
彼には、ボリスさんというお仕事のパートナーがいましたが、少し前に殉職されてしまいました。
コプチェフさんの目の前で亡くなったらしくて、ひどく憔悴していたのを覚えています。
そんな折、彼は誰かから『ひとりかくれんぼ』の話を聞きました。
「ぬいぐるみに死んだ人の名前を付けると、その人が現れる」
という俗説を付加されて。
さっきも言った通り、コプチェフさんは憔悴していました。同時にまだボリスさんの死を受け入れきれていなかった。
だから、なんでしょうね。
聞いたその日の夜、彼は寮の部屋にウサギのぬいぐるみを携えて帰宅しました。
「馬鹿だよな…俺も…」
戻ってくるわけないのに。
そう自嘲的に笑って、でも後には引けなくて、彼はお風呂場に【ボリス】を連れて行きます。
そして作り物の黒い瞳を見つめて小さく呟きました。
「最初は、俺…コプチェフが鬼です」
チャプ、と水を張った浴槽にぬいぐるみが浸る小さな音。
「すぐ、見つけますからね…ボリス先輩」
そう言って部屋の電気を全て消しながらリビングに戻り、テレビの電源を入れるコプチェフさん。
耳鳴りがする程静かな部屋に、耳障りな砂嵐の音が響き渡ります。
それを合図にコプチェフさんはそっと目を閉じました。
ここから10数えて【ボリス】を探しに行かなければならないからです。
「…1」
ザーーー…
「…2…3…4…5…」
ザーーー…
「6…7…8…9」
ザーーー…
「―――10」
ブヅッ
カウントを終え、目を開くと同時にテレビの電源が落ちました。
勿論、リモコンに触った覚えなんかありません。
「ッ!?」
全身が粟立ち、冷たい汗が一筋背中を流れました。
真っ暗になった部屋で、慌てて手探りでリモコンを探して電源ボタンを押しますが、反応を示さないテレビ。
「嘘だろ…何で!?」
発した驚きの声が少し大きくなってしまうのは、無音に呑まれそうだったから。
「ッ…!」
光がない。
何も見えない。
何もある筈がない此処で何かあるかもしれない。
いるかもしれない。
そんな根拠のないマイナスの仮説が頭を巡る。恐怖が肥大する。
だけど、彼はまだ正気を保っていました。
ガタッとソファーから立ち上がって部屋の照明のスイッチを入れたんです。
一気に闇から形を取り戻した部屋には、自分の見慣れた家具だけが置かれているだけでした。
「ハァーーー…」
自然と詰めていた息を吐き出します。
(…もう、止めよう…)
例えボリスさんがやって来てもそれは自分の望む形ではないと漸く気付いたコプチェフさんは塩水入りのコップを手に取りました。
このゲームは【ボリス】を鬼にして勝利の宣言するまで終わらない
隠れず、鬼の交代と勝利宣言を同時にやってしまおうと考えたんです。
ところが、そこで大事な物が足りない事に気付きました。
「ナイフ…どこいった?」
交代に必要だからとコップの隣に置いたナイフが見当たらないのです。さっき立ち上がった時に落としてしまったのでしょうか。
テーブルの下を覗いても、ソファーの上を叩きながら確認してもありません。
「おかしいなぁ…」
再度テーブルを覗きながらポツリ、呟いて首を傾げた時です。
ビチャッ
と濡れた重い布が落ちる音がお風呂場の方から聞こえました。
再び背が震えます。
まさか。まさか。そんな筈は。
息は浅く、体は怖気で固まり、奥歯は噛み合わずカタカタと鳴りました。
縋るようにテーブルについた手がテレビのリモコンに触れます。
するとさっきまでうんともすんとも言わなかったテレビから
『―――次は、俺が鬼』
ノイズとそれ以外…声帯の振動が上手くいっていないような、潰れた声が届きました。
聴き違える筈のない大事な、けど失ってしまった相棒の声でした
確かに【来た】相棒に懐かしい嬉しいなんて気持ちは微塵も湧かず、ただ恐怖だけが脳を侵蝕します。
見たくない。逃げたい。
その意思に反するように体は視線をテレビへと移し、砂嵐でなく風呂場を映すブラウン管をしっかり視界に収めました。
真っ赤に染まった浴槽と、同じ色に染まったナイフとそれを持つ細い手。
『隠れねぇのか…?ほら…10…9…』
カウントしながら動く映像。
お風呂場の扉に手がかかりました
ガララッ
テレビではなく、背後のお風呂場から扉の音。
ヒュ、と喉が鳴りました。
「ッうあああぁぁあぁぁぁ!!」
今までの恐怖を吐き出す、けれど決して解消されない叫び声。
ただ怖くて、怖くて、怖くて怖くて。
テレビの画面は、動けずにいる自分の背を上から映していました。
ポタリ、
頭に落ちて伝った液体からは、生臭く錆びた鉄によく似た臭い。
『…俺の、勝ち』
以上が、彼の体験した…え?この後?
やだなぁ、こういうのは夢オチがテンプレなんですよ。
カウントダウンしてる間に寝ちゃったらしくて、途中から夢だったんですって。
―――ただ、彼が夢から醒めているかどうかは…定かではありませんが。
<暗転>
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