企画

□首
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文:ろば

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首〜くび〜



語り手:ボリス








人が消えたという通報があった。

いたずら半分でとある廃屋へ入り込んだ若者が、数人戻ってこないらしい。


コプチェフと俺の他に、数名の同僚が屋敷へ向かった。


洋館と聞いていたが、古いやや大きめの家屋のようだった。
壁には這うように蔓が伸び、窓やドアは朽ち、中は雨風に侵されている。
昼間でなければ入るのを躊躇ったかもしれない。


だが入ってみれば何のことはない。中は意外に明るく、陽の差しているところだけ埃が舞っているのがよく見えた。

家具はなかったが、構造的にやはり家だったのだろうなと感じた。


同僚が「誰かいませんかー?」と声を上げながら奥へ進む。

「木が腐ってるから気をつけて」なんてコプチェフの言葉も尻目に、俺は二階へ上がることにした。


やはり二階も同じように何も無かった。

最後に入った部屋は日当たりが良く、何となく寝室だったのだろうと思った。



戻ろうと、ふと廊下を見た時。



ドアから首が覗いていた。



奥まで真っ暗な、穴窪のような目がこちらを見ていた。

乱れた髪は油脂でごわついていて汚く、肌は死体のようだった。

ドアからは首だけが覗いていた。
体があるのかもわからなかった。



ただ、確実に、こちらを見ていた



─── 怖い、



動けなかった。

忌まわしいものだと感じた。

動いたらそれに気付いたことを認めてしまうような気がした。


見なかったことにしたかった。

だが目を逸らせなかった。


もしも目を逸らしたら、次の瞬間その逸らした視線の先に、もっと近付いたあれがあるかもしれないという恐怖があった。



あごを汗が伝った。

ひどく長い時間に感じた。



怖い、怖い、

誰か、

コプチェフ、




「どうしたの?」




コプチェフがひょいと姿を表した。

首はまだいる。
こちらを見ている。



「フリーズしてるけど、…何かあった?」



不思議そうな顔をするコプチェフが部屋に入ってきた。



「ボリス?」

「お、お前、部屋の前に、」


何かいなかったか、



部屋の前?とコプチェフが廊下を振り替えると、

それはいなくなっていた。



「一階から遺体が見つかったよ。たぶん消えたっていう青年達の」







一階へ戻ると同僚達が姿を消していた。


「あれ?みんなどこいったんだろ」


コプチェフが部屋を探して回った。
俺はまだ生きた心地がしなかった。

何だったんだあれは。
昼間だぞ、
あんな、


一頻り部屋を回ったらしいコプチェフが、おかしいなー、なんて呟きながら戻ってきた。



「ラーダに戻ったのかな?」

「…コプチェフ、早くここを出よう」

「え?いやだって、みんなが…」

「コプチェフ!」



俺の蒼白な顔に気付いたらしい、コプチェフは驚いた顔をした。


コプチェフは一瞬困った表情になり、すぐ安心させるような笑みへと変わった。
そっと抱き寄せられる。



「どうしたの?ボリス、」

「…」

「何かあった?」

「…」



暖かい。

コプチェフの匂いがする。


目を開けていると視界の端にあれが見えたらと想像していまい、コプチェフの肩に顔をうずめた。

応えるように優しく抱きしめられた。



「もしかしてあれが怖かった?」

「…え!?」

「遺体だよ」

「…、え?」

「一番奥の部屋のさ。皮がなかったり、肉がなかったり。他殺だね。俺も夢に見そうだよ」

「…な!?」




ガタッ




奥の部屋で音がした。

思わず肩が跳ねた。


コプチェフが伺うようにそちらを覗く。
もう音はしなかった。

コプチェフが向かおうとした。

咄嗟にその手を掴んだ。



「行くなよ!」

「え?いやでも、みんなかも」

「さっき見た時はいなかったんだろ!?」

「奥の部屋はよく見てないけど…どうしたの?」

「…お願いだから、行くな」

「えー?えっと…、」



コプチェフの手をひしと握る。

行かないでくれ、
行っちゃいけない、
俺の必死さが伝わらないのか、



「ボリスは、ここにいていいから、ね?」


軽くキスをされた。
コプチェフが奥の部屋へ歩きかける。


「待っ…!!」



俺は最後まで言うことができなかった。



ゾクリ。



何かが。

俺の肩に。



大きな熟した柿が乗っているような、
弾力のない肌の、
冷たい、
明らかに生きたものではない感触、


そろり、そろりと
"それ"を
わずかに視界の端に捉えると



肩に。


あの首が、乗っていた。




「…ーーーーッッッ!!!」




パタンと。

コプチェフが奥の部屋の扉を閉める音と共に、それは消えた。



「はぁ、はぁ、…ッ、」



動悸が収まらない。

冷や汗で背中がぐっしょり濡れていた。


何だ、あんなの、
どうしようも、
何で、




「ボリス?」




いつのまにか、コプチェフが目の前に立っていた。



「…!!」



驚いた。

いつのまに、



「ずいぶん早、かったな、」

「……」

「どうした?…コプチェフ?」



逆行となって顔が見えない。


何だ、何故か


…怖い、




ふいに伸びてきた手に抱きしめられた。



「!?」

「…帰ろうか、」

「…??」

「ボリス、帰ろう」

「な、ん、」



強く抱きしめられた。
コプチェフの肩に顔がうずまる。


ああ、コプチェフの匂いだ。

コプチェフだ、

ああ、安心、する、




「…署に、まず、」

「いいから。帰ろうボリス」

「でも、」

「帰ろう」

「…、……ん、」




コプチェフに引かれるようにして歩き出した。


屋敷のドアを出ようとした時、
ふいに、


足を

血まみれの手に、掴まれた。




「うわああああああああああ」




咄嗟にホルダーに手を伸ばした俺は

とにかく、撃って、撃って、撃って、撃って、


弾が切れても、その全身真っ赤なそれに撃ち続けた。



息を切らせながら、掴まれた足を振り払った。


どうラーダカスタムまで戻ったのかは覚えていない。

コプチェフが運転している間の記憶も曖昧で、


俺の部屋になだれ込んで初めて、俺は帰ってきたと、安心することができた。



その後は恐怖を振り払うようにコプチェフと抱き合い、セックスした。


いつのまに寝てしまったのかも覚えていなかった。








朝起きると、コプチェフがいなくなっていた。


妙にだるい体を起こしながら、俺はコプチェフを探し、ベッドを降りた。



その時。



電話が鳴った。


民警の同僚からだった。




屋敷へ向かったメンバーが誰も帰らないので、急遽俺達の捜索に新たな人員が割かれたこと。

そこで、多くの死体が見つかったこと。

俺の行方を探していたこと。




「ああ、すまなかった、あの後、俺とコプチェフだけそのまま帰っちまって…」



電話の向こうで、訝しむような声が聞こえた。




「コプチェフはドアの前で、皮を剥がれた状態で、その、…遺体で、見つかったけど──…」




電話が

滑り落ちた。



コプチェフが。


では俺が昨日、

撃ったものは




…─── 妙に、体調が悪い。




俺は腹を押さえた。

下腹から、ゾッと寒気が駆け上った。




あれがコプチェフでないのなら。




─── 俺は。


何と、セックスしてしまったのだろう。








<暗転>














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