企画
□語り部と聞キ手
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夜21時過ぎ。仕事終了。
仕事終了のけたたましいベルが鳴る。はたまた、仕事交代の合図でもあるベルに看守や見張りの人たちは各々準備をし始めた。
何とか仕事を終わらせたロウドフは行き慣れた扉の前に立ち、質の良い木材で出来た扉にノックをする。どうぞと扉の向こうから返事が来たので、ゆっくりと扉を開けて中に入る。その瞬間にふわりと広がるダージリンの香りがロウドフの鼻をくすぐる。仕事終わりのティータイムだったらしく、ゼニロフは椅子に腰掛け優雅に紅茶を飲んでいた。
「あらお帰りなさい、ロウドフ」
「…ただいま」
仕事終わりにゼニロフの部屋に行って紅茶を飲むのが日課になっていた為、テーブルにはロウドフの分の紅茶も置いてあった。
「お仕事お疲れ様です。椅子に座って下さいな。私はもう一つ、紅茶を煎れますので」
あぁ、と返事をしてロウドフは椅子に腰掛け紅茶を口に含む。ひと息ついているのを確認してからゼニロフは席を立ち、ポットを沸かすためにキッチンに行く。
ロウドフは紅茶を飲みながら辺りを見渡した。
(…チビとショケイスキーはまだ仕事中…か)
カンシュコフが遅れるのは何時もの事、残業が多いからふらつきながらここに来る。だから遅れるのは気にしない。
…だけど、ショケイスキーが遅れるなんてめったに無い…あ、スケジュールが違うのか……
う〜ん、と考えていたらゼニロフがロウドフに問い掛けてきた。
困ったような表情をしていたので不思議に思いながら話を聞き始める。
「…今日の昼休みの事なんですけどね。上の方に提出しなければならない書類があったんですが、誤って違う書類を持って来てしまったんですよ。それに途中で気付きまして、柄にもなく慌てて走ってしまいましてね…すみません、うるさかったでしょう?」
「……え…?」
少し間の開いた返事をしてしまい、ゼニロフがキョトンとしていたのでロウドフも同じ顔をしてしまう。質問を質問で返す様なこの状況。
「あら?…私、ロウドフの部屋の前を結構な勢いで走ったので…気付きませんでしたか?あそこの廊下っていつも静かでしょう…?物音が聞こえやすいと言うのか…静かな空間が好きなロウドフに迷惑掛けたんじゃないかって思ったんですけど…」
「い、いや…走った足音は聞こえた…、聞こえたが…でもあの走る音は、」
カンシュコフの足音だろ?
そう言おうとしたが、後ろから勢いよく扉が開く音が聞こえ、驚いた2人は扉に顔を向ける。
ショケイスキーだ。だがいつもとおかしい。目つきが鋭く、殺気が漂っている。ふらふらと覚束ない足取りでロウドフの前にしゃがみ込み、両肩に触れ、ゆっくりと顔を上げたショケイスキーに瞳を覗かれた。
「…ろうどふ」
「どうしたんだ…?……っ?そんな恐い顔して…」
「……かんしゅこふはどこに居るのぉ?」
「はぁ?」
恐い顔をしながら問いかけられた質問に拍子抜けして、間抜けな声が出てしまったのだ。
(カンシュコフ今は残業中じゃないか。どうして当たり前の事を聞く?)
ロウドフが少し眉を顰めていたら、ゼニロフがショケイスキーの肩を乱暴に掴んだ。ゼニロフの顔が切羽詰まった様な…やけに困惑している表情をしているのが見て取れる。
「…っショケイスキー!いきなりどうしたんです!?」
「ねぇ、かんしゅこふが見えるんでしょ?視えるんだよね?どこに居るの?」
「…??」
肩を掴まれているのもお構いなしにショケイスキーはロウドフの瞳をジッと覗き込む。ゼニロフもショケイスキーも何故そんなに困惑しているのかが理解できていなかった。
「みえるって…どう言うことだ?チビは普通にいつも居る…だろ?今日の昼休みもショケイスキーと俺とで会話、してたじゃないか」
「ロウドフ!…何を言っているんです!!?」
「………。」
「!?何が、だ……っぃ!?」
ゼニロフがロウドフの方に顔を向ける。信じられないと言いたげな表情にロウドフは深く眉を顰める。ショケイスキーも冷たい目線を此方に向けて、がっちり触れている両肩に力をいれる。
微かに震えながら徐々に食い込まれる両肩の痛みに顔をしかめた。
どうしたんだ 二人ともおかしい
おかしい、おかしい
これじゃあ、まるで
カンシュコフが ×××る
みたいじゃ ないか
「ぉい!…なんだ?!お前ら、おかしいぞっ!?」
「おかしいのは貴方の方じゃないですかっ!あの子がどうなったのか忘れたんですかっ!?」
「忘れたって…?」
「……………どうして…ロウ。ここ最近様子がおかしい気はしていましたけど…何故?」
「ぜに、ダメ。言ってもむだだよきいちゃくれないよ」
苦虫を食べたような、そんな後味の悪い顔。それを奥歯で噛み砕いて、吐き出しそうとしているそんな顔。二人の言っている事が気持ちが悪くて、聞きたくなくて、ロウドフは今すぐ此処から逃げ出してカンシュコフに会いたい衝動に駆られた。
そんな事を余所に震えるゼニロフの唇からゆっくりと、か細く聞こえる声。
「カンシュコフは…カンシュコフは亡くなられたじゃないですか!数ヶ月前に死刑執行して…っ亡くなったじゃないですか!!」
「……!!?…」
理解する事が出来なかった。
何故、死刑になったんだ?
いや、それよりも何故、そんな事を言うんだ?
普通に生きているじゃないか。
俺に笑いかけてくれていたじゃないか。
今日も俺の側に居てくれたじゃないか。
この二人が恐ろしい。
この二人がまるで、何かに取り憑いたように……取り憑いた、…ように………取り憑いた?
手を引かれてはいけないよ――
頭の隅からカンシュコフの言葉が響き、脳内を駆け巡る。
「…ロウドフ?……ロウ?」
「……ろう、いっしょについてきてよ」
急に黙り込んだロウドフを見たショケイスキーは痛い程掴んでいた両肩を離し、するりとロウドフの手を握る。
驚くほど手は冷たかった。
――憑れて、逝かれるよ――
(あぁ、そうか。わかったよ。)
ショケイスキーに両手を握り締められ、引かれる。
その瞬間に掴まれてる手を思い切り振りほどき、すぐさま扉から出て行き、勢い良く長い廊下を駆け出した。
「「ロウドフっ!!?」」
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