企画

□追いかけていたのは
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 それから僕はキルネンコさんの車に乗せてもらい家まで送ってもらった。

 ちなみに、何故キルネンコさんが町外れの山に居たかというと仕事の帰りだったらしい。
 投棄場にする土地の利権がなんとかで(難しいことだったからよく分からない)来ていたところ、たまたま走る僕を目撃して付いてきたのだ。

 「面白そうな気がした」と嗤う彼の感性と偶然とがなければ僕は谷底で永遠の行方不明者になっていたのだから感謝の限りだ。



 八百屋さんで取り置きしていた人参を回収し、家の玄関をくぐるとソファーに座ったキレネンコさんが居た。

 出かけに見た時と寸分変わらない姿勢のまま、黙々スニーカーを磨いている。スニーカーの光具合から見てもかなりの時間を費やしているのが分かった。


「キレネンコさん、ただいま。
あの、今日どこかへ出かけませんでした?」

「…………」


 念のため尋ねると、キレネンコさんは無表情に小さく首を振る。違うんだ。 ということは、やはりあの時の彼はキレネンコさんではなかったのだろう。キレネンコさんの燃えるような赤い髪を見ると、勘違いだったとは思いにくいのだけれど。

 唸る僕に留守番をしていた彼はそれ以上特に聞き返さない。代わりに、「……それより、」と目を鋭くした。


「……何故、ソイツがいる」

「ほ?」

「さっきまで逢引してたからだろうな」



 ぐいっ、と後ろへ寄せられた体に振り返ると、キルネンコさんが崖際で引き留めたのと同じよう片腕を回してニコニコしていた。
助けてくれたのと送ってくれたお礼を兼ねて夕飯に招待したのは僕だ。人参もたくさんあるし、食べ手が多いのは好ましい。そう思ったのだけれど……

 煙草を吸い終えているもう一本の腕も回って一層背後が密着するのと、ガタンッ!と激しい音を立ててソファーが蹴り倒されるのは同時だった。(繰り返し言うけどソファーだよ。椅子じゃなくて、二人掛けの一人じゃ運べないような重たいソファー。それが倒れたんだ)

 真後ろと真正面、剣呑さを帯びた赤目が交差する。



 その夜、僕は本物の『恐怖』を体験した―――





+ + +




 ―――……あの時は本当、『お化けなんて怖くないさ』って言葉がよく分かりましたね〜……
止めるより先に逃げ出したかったです。いやまぁ、いつものことといえばそうなんですけど。
この世の物とは思えない暴れ具合でした、えぇ。壁とかもね……
冬だったら寒風に晒されて風邪ひいただろうから、夏で良かったです。

 結局こんな話だったんですけど大丈夫でした?あんまり怪談っぽくはなかったかも……オッケーですか、良かったぁ!!これっていつ頃の雑誌に載るんですか?本屋さんに予約お願いしておかないとっ!あっ、あと最初に約束した通り、名前は匿名でお願いしますね?他の二人にも迷惑がかかっちゃうんで……はい、はい……じゃあ個人情報厳守ってことで。ありがとうございます。発売はー……
 あ、ちょっと待って、


 「キレネンコさんだ」


 ええ、そう。あそこ、少し赤色が見えるの、多分さっき話したキレネンコさんなんですよ。

 いや、でもキルネンコさんかも―――二人ともそっくりだから、時々見間違えちゃうんですよね。えへへ。
 どこかに行くのかなー。ちょっと追いかけてみよう!
 あっ、話聞いてくれてありがとうございました。雑誌になるの、楽しみにしてますねっ!







 そうして僕は、誰もいない路地に向かって走り出した。










<暗転>
















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