企画
□私以外の誰か
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文:破璃
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『私以外の誰かが居る。』
私以外の誰か
語り手:カンシュコフ
一人暮らしの自分の部屋に変な気配を感じたのは、引っ越してすぐでした。
入居しているワンルームのアパートは築十数年経ってはいますが割と綺麗な見た目で日当たりも良好。怪しい噂があるわけでもありません。
けれど、壁と窓で区切られた六畳ほどの空間で毎日生活を送るようになって私は、私以外の『誰か』或いは『何か』がそこに居るような気がしてならないのです。
付けた覚えのないトイレの電気が帰宅したらついている、閉めたはずのキッチンの蛇口から水が流れる、部屋の隅の床が音を立てる。
気味が悪くなった私は友人の一人に相談したのですが、彼女は
「気のせいよ」と笑いました。
確かに気のせいか偶然かで考えるのが一般的でしょう。しかし、私にはそんな軽く考えることが出来ません。最近は仕事が終わっても部屋に帰りたくないほどです。
そんな私を見かねてか、今度友人が泊まって様子を見るということになりました……
+ + +
―――思えば、越してきた当初からそんな気はしていたんだ。
ただあの頃は仕事が馬鹿みたいに忙しかったからそんなこと感じる余裕がなかっただけで。
極悪死刑囚の世話という、肉体的にも精神的にも限界を感じさせる職務にくたびれきっていた俺には、自室に起こっている些細な変化などはっきりいってどうでも良かった。そもそも部屋自体まともに戻った覚えがないし。職場の仮眠室で寝るか、最悪徹夜だった。
それが幸か不幸か問題の囚人が居なくなり、忙しいながらも一応人並みの勤務時間になった俺は安寧を得るべき自分の部屋に漸く身を置けるようになった。そこで、改めて変な気配に遭遇したのだ。
つけっぱなしの電気だったり水道だったりは、この際うっかりだということにしておこう。足音のようなものが聞こえるのもきっと建物が古いからだ。
だが、それだけで拭えない違和感がある。帰って一番に飛び乗った安物のベッドマットが凹んでいるのは何故だ、敷金のため傷をつけずにいた壁へひっかいた跡があるのはどうしてだ。ペットなんか飼っていないし、そもそも動物が付けるには高すぎる位置にどうしてある。
何より―――部屋にいる間中ずっと感じる、視線。どこからと決まっているわけではない、むしろ至る場所から飛んできて肌の上をざわめかせる。コレも、気のせいなのか?
違和感改め気配のようなものは日に日に強くなってくる。昔ならストレスで神経衰弱に陥っていると判断して終わりだろう。ノイローゼ一歩手前だったのは事実なのだから。しかし今はそれほどでもない。俺がイカレたってわけじゃないんだ。つまり、これは世にも奇妙ななんとやら、なんだ。
怪奇現象なんぞ鼻で笑っていたが、実際に我が身へ起きると中々冷静でいられない。一人暮らしだから猶更だ。
誰かに相談出来ないものか。
情けないとは承知の上、切実に考える。そこで俺は数少ない交遊関係の中からさらにより問題にならない顔をピックアップして心を決めた。
翌日、仕事の休憩時間中に同僚の一人を呼び出した。脳みそ筋肉バカもとい豪放磊落を絵に描いたような大柄な労働監督者はせめて怖がって見えないよう憮然とした表情で話した俺の相談内容に、予想通り大笑いしやがった。笑いすぎて涙まで浮かべてやがる。
「あっはっはっ、なんだカンシュコフ、おまっ、お化けが怖いのかよー、だぁっはっはっはっ!」
「うるせーっ!てか最初に笑うなっつっただろ大声あげんなボケロウドフ!」
「だってこの年になってお化けとかっ……部屋にお化け出たぁ、とかっぶわっはっはっはー!!!」
「う、る、せ、ぇ、ーーー!!」
話さなきゃ良かった。そして人選も間違えた。誰だ、こんな馬鹿相談相手に選んだの。俺か。俺の馬鹿野郎。
それでも面倒見が良いのがコイツの良い部分ではある。
一通り笑い終えた奴は赤銅色の頭をぐりぐり両側から拳で締め付ける俺に対し「分かった」というポーズをとると今度の休み泊まってみようと言い出した。
「俺が泊まった時にお化けが出ればアタリ、出なきゃお前の気のせいってこった」
「……お化けじゃなくて気配だ」
「なんだぁ、ストーカーだって言いたいのか?そっちのがよっぽど現実味ねーだろはっはっはっ!」
……本当、腹が立つな。
だがまぁ、確かにその通りだ。過去いびった囚人など狙われる覚えがないわけではないが、それだったらもう少しストレートなやり口をするはず。それに……あの気配は、生身の人間とは違う気がする。
斯様な点を押さえ、俺は不承不承頷く。こんなバカでも居ると居ないでは心強さが違うだろう。むしろこの騒々しさに不可解な現象も成りを潜めそうな気もする。
とりあえず他言無用ともう一度約束させ―――同僚の守銭奴にでも知れればそれこそお化けより面倒なことになる―――俺はそれとなく安堵の息を吐いた。
+ + +
さて、友人が泊まりに来てくれるその日、とりあえず私は部屋を掃除することにしました。
気心知れた間柄とはいえ、お客さんです。それに、掃除に没頭している間は部屋に漂う気配を忘れられました。
ベッドの周辺と台所、トイレと順番に綺麗にした私は一番手のかかる浴室の掃除に取りかかりました。
濡れないよう風呂用スリッパに履き替えてから浴室内をシャワーで濡らす。ぴちょん、ぴちょん、と滴る水滴の反響がやけに耳に響くので、それが聞こえないよう力を込めて浴槽を擦りました。
全体の汚れが落ちたところでもう一度シャワーで流し、排水溝の網に溜まった抜け毛などのゴミを取り除きます。これで掃除はおしまい。
しかし、排水管蓋を持ち上げた私は信じられないものを発見しました。
―――長い、黒髪。
……私の髪は、肩より少し長い位です。しかも色は茶色。ロングヘアと呼ぶに相応しい長さをした黒髪は、絶対に混じるはずがないのに。何故か、排水管にはその髪の毛がびっしりと、大量に絡まっていたのです。
最近誰かを泊めた覚えもなく、また、この髪質に該当する知り合いを私は知らないのです……私は呼吸も忘れ、呆然としました。
どれくらいそうしていたでしょう。何も考えられずに立ち尽くす私の耳に、電話の呼び出し音が届きました。
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