企画

□狼男と恋人とキャンディ
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看処


文:でゅふく 絵:黒峰























「Кошелек или жизнь!!」

「......はい?」





















 もうそろそろ、雪がちらつき始める時期。
 あの死刑囚のこともあり、定時で上がれず非常に疲れて部屋に帰り。「ただいまー」と、一人暮らしの時は到底言えない贅沢な挨拶を愛しの恋人にすれば、返ってきたのはその返事ではなく、「お菓子か悪戯か」というお出迎えだった。しかも、ショケイスキーの髪色と同じ色の可愛らしい犬のような耳を装着しての。
 咄嗟に「可愛いマジ俺の嫁可愛い何この生き物」なんて思ったものの。その言葉の意味は理解出来ず、そのまま頭を抱え悩む。悪戯ってそんなそんないやらしい意味でもない筈なのに。


「えっ...と、カンシュコフさん?」

「ちょっと待って今その場を動くな理性総動員させてイロイロ抑えつけてるから」


 そう早口で捲し立てれば、ショケイスキーはオロオロしながらもそこから一歩も動かない。漸く―五分くらい経って顔を向ければ、心配そうな目で此方を見ていた。あぁ可愛い。


「...うん...。で、どうしたの、その格好?」


 そう訊くと、「兎に角冷えるので」とショケイスキーが中へ促す。部屋からは甘い香りが漂ってきて、仕事上がりで小腹が空いているせいでぐうと腹の虫が唸った。

 ぴょこぴょこと跳ねる犬耳を眺めながら廊下を進みリビングへ辿り着くと、テーブルの上には既に料理が並んでいた。かぼちゃに顔が描かれているパイと、オレンジ色のクッキーや飴など。驚きに目を見開いていると、ショケイスキーがまた先程の質問を嬉しそうに繰り返した。


「Кошелек или жизнь!!」

「いや、だからそれは何?」

「『はろうぃん』っていう、西洋のお祭りなんです」

「はー、西洋のねぇ...」


 興味深くテーブルに並べられた料理を見る。かぼちゃのパイは、怖い顔で此方を睨み付けてきた。


「因みに我が国では『悪魔崇拝』の意味を持ちます」

「はっ!?それ駄目じゃん!!何その危ない行事!!」

「楽しそうなので、カンシュコフさんも好きかと思ったんですけど...」


 ダメですか、と落ち込むショケイスキーに合わせ、それまで可愛らしく動いていた耳も同じく垂れたような気がした。それがカンシュコフの罪悪感を掻き立てる。


「いやいやいやいや俺こういう行事大好きだから大丈夫すごい楽しそう!!」

「ほ、ほんとですか!?」


 青い顔で必死にフォローすればショケイスキーは「よかったぁ」と胸を撫で下ろす。とついでに、頭の耳も復活したような気がした。念のため(?)に「それってホンモノ?」と耳を指して訊いてみると、「まさかー」と笑った。まぁそうだよな、疲れてんのか俺、と頭を抱える。その様子をショケイスキーが心配して見ていたので、取り敢えずその華奢な体をを抱き締めた。


「で、その言葉はなんなの?」

「西洋の言葉で『とりっくおあとりーと』って言って、お化けや悪魔の格好をしながら『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って呪文を唱えるらしいです」

「へー、すごい文化があるんだなぁあちらさんは...」


 ぴこぴこと忙しなく動く犬耳を触りながら感心する。
そこでカンシュコフは、あれ、とショケイスキーの言葉を思い返した。


「お化けや悪魔の格好?」

「そうです。魔女、ゾンビ、それから吸血鬼とか」

「それで、ショケイスキーのは?」

「僕のは狼男です!!」


 元気よく答えるショケイスキーは、狼男よりも天使と見紛うそれだった。やべぇこれは手を出したくなる。溢れ出る欲望の中で何とか理性を保つ。流石にまだ子供と言える年齢のショケイスキーに手を出して、民警である友人に手錠をはめられることだけは避けたい。


「じゃあお菓子を渡さなかったらどうなるんだ?」

「それは勿論、」


 す、とカンシュコフの頬に手を添える。その時に見えたショケイスキーは、柔らかく目を細めていて。その表情は、まるで大人のそれだった。

 その細く白い指が、カンシュコフの唇に触れる。




「悪戯、ですよ?」




 にこ、と笑顔でそう言うショケイスキー。


「あ、かぼちゃのプリンも焼いたんです。食べましょ、」


 ショケイスキーが冷蔵庫に向かうのを、カンシュコフが腕をつかんで引き留める。「カンシュコフさん?」と自分を見上げるその瞳は、純真無垢そのものだ。それで我慢しろだなんて、生殺しにも程がある。


「悪戯なら、十分にされたよ」

「...え?」

「だから今度は俺の番な」


 なのでこれはちょっとした仕返しだ。







「"お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ?"」







 テーブルの上のキャンディの包装紙を取り、それをショケイスキーの口に押し込みながら言った。

 疑問符を浮かべていたショケイスキーも、意味がわかったのか悪戯っぽく笑う。

 そして、そっとオレンジの味がする唇にキスを落とした。



そんな、ハロウィンの夜のこと。







end











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