企画

□あまいお菓子か、悪戯か
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運狙

文:きみ 絵:タコクラゲ































 笑うなら笑えよと言わんばかりに睨み付けてくるボリスに、多分俺の方が笑えるよと言えば彼は何故か不思議そうな顔をした。



「だって、犬耳だよ?」

「は?」

「だから、いい年した男がこんなんつけてんだよ?それのが笑い種だよ」

「……見慣れてるから違和感なかった」

「あはは…そだね」



 大の大人の頭に犬耳のカチューシャ姿、普通ならドン引き、ネタなら気色悪いと笑らいのダシにされるようななりを見ても顔色一つ変えないボリスにコプチェフは困ったように笑う。それはそうか、家にいるときは大概耳と尻尾は出しっぱなしだから。それを考えると今のボリスの方が珍しいなぁと今にも噛みついてきそうな彼に思った。



「仕方ないよ、殆んど罰ゲームだし。それににあってるよ」

「殺すぞ」

「あはは、でもほんと、似合ってるよ」

「……しね」



 心底嫌そうな顔をした彼の首にかかった小さな子供が作ったジャック・オ・ランタンの首飾りに触れて似合ってるよとキスをしてからもう一度笑う。子供向けの交通安全指導のイベント、それに任命されたのはくじ運が悪かったから、そしてこんな格好をさせられたのは同じく運が悪かった同僚たちの悪ふざけのせいだ。ハロウィンなんてなくなればいいのに、そう思ったのも仕方ないこと、何が嬉しくてこんな格好…。



「まぁまぁ、笑い者になったのは俺だしいいじゃんか、みんないい子だったし可愛かったし」

「………よ」

「へ?」

「正装なんだよ、だから嫌だっんだ仮装なんか」

「…………ボリス」

「あ?」



 きっちりと上までボタンをとめた清潔感のあるシャツに赤のタイ、その上に羽織っている足先まで裾のある真っ黒なマントは皺一つない。首もとには赤いリボンがついていて、ついでに可愛らしいカボチャのお化けも同じようにひっかかっている。カボチャのお化けを除けば、その姿の彼はまるで映画とかに出てくる古びた古城の主みたいで、これを用意した同僚には凝ってるなぁと感心していたけれど。まさかそんな。コプチェフはつい無意識で彼の名を呼んでいた。




「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』」

「は?」

「てかお菓子要らないから悪戯させて」

「ま……おい、目の色かわってんぞ」

「だって、それ正装なの?可愛いなって思ってたけどまさか昔ずっとそんなの来てたの?」

「家でる前の話だよ、嫌いなんだよこの格好…」

「そうだろうね、でも俺は好き、だから悪戯さして、お願い」



 文字通り目の色を変えてにじり寄ってきたコプチェフに壁際に追い詰められて、ボリスは盛大にため息をつく。どうしてよりによってこの格好に反応したんだか、あまりいい思い出がないから好きじゃないのに。

 それに、ハロウィンは元々は収穫祭であり、一年の終わりである10月31日の夜に死者の霊や魔女がやってくると信じていたケルト人が身を守るために仮装をしたのが始まりとされている。だから、間違っても自ら悪戯をお願いする行事ではない。

 それを履き違えんなよと睨み付けたが変に入ってしまったスイッチのせいで意味はなかった。犬耳カチューシャを外した彼は本来頭についている耳をふさふさと動かして尻尾をパタパタ振っている。



「ボリス、その目好き、ぞくぞくする」

「っ、変態じゃねーか、おい、待て…って」

「ならお菓子ちょうだい?くれてもするけど」

「っ…あほ犬が!」



 じりじりと迫ってきた彼の腕が腰に回る、なんでこんな格好を見ただけで興奮するんだ変態かお前はと怪しい動きをし始めた手にぶちっとなにかが切れた。



「いい加減にしろ駄犬!!」

「っ、え?!っい゛…」

「嫌だっつってんだろなめてんのかてめー、相変わらず言うこと一つ聞けねぇ馬鹿犬だなお前は」

「けほ、これはひどいよ、痛い…ボリス」

「うるせぇ」



 力じゃ勝てないから彼の腹部に膝蹴りを入れて、怯んだすきに懐に飛び込む。勢いのままで彼に突っ込んで、彼が床にしこたま背中を打ち付けたのも無視して首のリボンを抜き取ると腕を引っ付かんで頭上で縛り付けてやった。咳き込んでいた彼がへにゃっと眉を下げたのにこっちが悪いみたいじゃねぇかと舌を打つ。言っておくが悪いのはこいつだ。



「なんで縛るの、痛いよ…ボリスがほしいだけなのに」

「だまれ阿呆、いきなり盛ったお前が悪い、ちったぁ反省しろ」

「ぅ〜なんで反省しなきゃいけないの?俺ボリスの知らないところ知れて嬉しかったんだよ?」

「……、お菓子やる」

「え?なんだぁ、残念」



 手首に巻き付いたリボンを取ろうともがいていたコプチェフがけろりといった言葉に不覚にも顔が熱くなる。なんでそんな些細なことで喜んで笑うんだ、恥ずかしいだろうがとは言わずにボリスはくっと唇を噛む。そんな彼に赤面する自分を殴りたい、あぁ、もう、結局自分は彼に流されるんだ、全く不公平な話だ。



「お前もってんの?」

「ん?去年みたいに血でいい?」

「……いい」

「(可愛いなぁ、食べちゃいたい)あとであげるね、おなかすいたでしょ?」



 少しの腹いせもやっぱり馬鹿みたいに優しい笑顔に殺されて、今年のハロウィンは全敗。それと同時に彼の首筋に目がいってしまった自分に小さくため息をついて、彼の腹の上から退いた。悔しかったから何にもないように唇に噛みついてから。

 暫くポカンとしていたコプチェフがそれはもう嬉しそうに微笑んで、床を尻尾が叩いてるから全く持って仕返しにはならなかったけれど。



「ボリスからって嬉しい、好きだよ、でも出来たらこれ外して欲しいな」

「……待て」

「えー、思いきり縛るから感覚ないんだけど」

「知らねぇ」

「ボリス、お願い。え、待ってよほんとに放置?やだやだ、ボリスに触りたい抱き締めたいキスしたい」


 せめてもの仕返しにと彼をその場に放置して、キッチンに向かう。捨てられた犬みたいな声をだして起き上がろうとした彼に『待て』と命じてぴたっと動きを止めて不満そうにぐるぐる唸っている彼に小さく笑う。それが面白かったから、後で甘やかしてやろうかななんて思いながら冷蔵庫のドアを開けた。


 ハロウィンもまぁそれなりに楽しいのかもな、なんて絶対に言ってはやらない。





(ほら)

(わ、カボチャプリン?美味しそう、ボリス食べさして?)

(は?ふざけんな自分で食え)

(縛ったのボリスじゃん)

(……なんもすんなよ)

(はーい(まぁ、うそだけどね))









end










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