企画

□Partyの知らせは突然に
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「へっ、」

「といっても、お前が菓子を持ってないのは知っている」

 「なら、」



 Trick[いたずら]一択。



 ドン、と背中へ衝撃を受けるのと正面の扉が全開になるのはほぼ同じタイミングだった。


「わわっ!わ、ぁ……?」


 勢いを殺しきれない上、肩上に載っているらしい何かのせいで完全バランスが崩れる。
 このままでは固い床へ全身強打―――しかし、身を竦めたプーチンの予想に反し、後ろから伸びた手によりすぐ体制は引き戻された
 その代わり―――というのかどうか、露わになった全景に目が点になる。

 暗さから一転、辺りが光で照らされている。といっても灯っているのは電気による明りではなく、天然の火だ。小さなキャンドルを仕込んだランタンが床にテーブルに、何十個と並べられている。そのどれもが口角釣り上げた不気味な笑みを浮かべていた。
 ただし、プーチンが驚いたのは凝った間接照明よりも、むしろそこに居合わせた人達である。
 否、それは『人間』と呼んで良いのか―――


 魔女に死神、ゾンビ、狼男。
 包帯でグルグル巻きのマミーにとんがり帽子の小人。ルサルカ。バーバヤガ。
 果ては精霊や海賊、よく分からない着ぐるみにスーパーマン等々


 (ここ、遊園地なの?)

 そんな発想が湧くのも無理はない。
 状況が飲み込めず目を白黒させるプーチンへ異種族の群れから一人、不意に近寄ってきた。


「あら、随分と可愛いカボチャ小僧さんね」


 そう言いにっこり笑うのは背中に小さな黒い羽根生やした女性。薄明かりに浮かぶ顔立ちは美しく唇に引かれた艶やかなルージュが目を引く。
何より、その恰好が―――上下とも布地の面積を大胆に削った露出 の多い衣装が一番、目立つといえば目立つ。
 女性特有の柔らかさと色白な肌を眼前に晒され、嬉しいやら目のやり場に困るやら。免疫のないプーチンは瞬時真っ赤になる。


「ようこそ、г-н.Джек[Mr.ジャック]。早速ですが、Trick or Treat?」

「むほっ!?ぅ、あ、えっと……」

 視線を泳がせ言い淀むとクスリ笑われる。
 更に「―――先にイタズラして下さっても、構いませんのよ」と妖艶な顔で近づかれたりして、頭は最早沸騰寸前。


「サキュバスだからといって人の物を誘惑するな」


 女性の甘やかな声と対極の冷然とした低さでキルネンコが牽制した。アワアワするプーチンを下げ進み出ると、手に摘まんでいた円形のものをポイと投げる。その後ろでは同じくキレネンコがプーチンを腕に囲い、鋭い目を向けている。
 が、メデューサ並みの睨みを夢魔の彼女は微笑みひとつで躱す。先ほど渡されたもの―――プーチンはチップかと思っていたのだが安っぽくキンキラ光るそれは金貨チョコらしい―――を片手に科を作る。


「そういう生き物なんですもの。仕方ないですわ」

「調子に乗ると仕事着をソレにするぞ」

「私は一向に構いませんけど」

「でも、他の者の業務に影響するかもしれませんわね」

と、真っ赤な唇から告げられる。確かに、そうかもしれない。


「ボス達のネラプシもよくお似合いですわ」


 言われて初めてプーチンはキレネンコ達の格好を見た。そして、あっ、と驚く。
 襞の多い白いシャツに紅い紐タイ。その上に羽織った裾の長い礼服、と一見すると普通の夜会着にも見えるが、厳密には違う。きちんとイメージがある。

 人の生き血を糧とし、永久の時を生きる魔物―――この地方に古くから伝わる吸血鬼を参考に型を起こした。

 そう、作ったのは他でもないプーチン自身。ハロウィンに際して二人の仮装を考えた時、真っ先に頭へ浮かんだ。
 人心惑わすほど見目麗しい青年という条件をクリアしている双子にはまさにぴったりだ、と。そしてそれは想像通りだった。

 でも、その服は結局袖を通されないまま仕舞われる運命だったはず。プーチン用のジャックオランタンも廃棄して―――


 (……そういえば、首より上が重い理由って……もしかして、)


「それでは、今宵のパーティーをどうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」


 しゃなり一礼し、艶めかしいサキュバスは去った。新たな獲物を物色するよう他の魔物へ混じるとすっかり姿が分からなくなる。どこを見てもこの部屋は人ならざるもので一杯だからだ。
正確には『人間でない恰 好したもの』、か。
 よくよく見回すと部屋自体はプーチンにも馴染み深いキルネンコ邸の広間である。ドアハンドルに覚えがあるのも道理。となれば、居合わせる妖しその他の皮を剥げば知った部下やメイドが表れるのだろう。
 これはもしや、ホームパーティーと言うにはかなり大規模なハロウィン・パーティーではないか。

「どうだ?」


 ふふん、と鼻でも鳴らすような語調に顔を上げる。三角形の狭い穴から見えるキルネンコの口角は弧を描き、どことなく得意げにも見える。


「あ、あの、これって……」

「被り物の中身までカボチャかお前は。 Halloween Party以外の何に見える?」


 思った通りの(思ったより酷い事も言われたが、)解答。あれだけハロウィンに興味なかった相手が断言するから逆に本当か疑ってしまいそうだ。
 流石にそのものズバリは口に出さず、でも、とプーチンは眉を寄せた。


「今日は、新しいスニーカーを買いに行ったんじゃないんですか?」

「その程度の用事、半日もせずに片付く」

「で、でも、二人早くから出かけてって……」

「コレの指示を出すからに決まってるだろう」

「でもでも、そんなこと言ってなかったし」

「『パーティーは相手を驚かせてこそ』とか、前に力説したのは何処のどいつだ」

「でもでもでもっ!キレネンコさんもキルネンコさんも、ハロウィンなんかどうでも良いんじゃあ……」


「……気に入らないのか?」


 並び立てる言葉を静かな声が割った。今まで黙っていたキレネンコが微かに首を傾げ、ジッとプーチンを見下ろす。
 感情を示さない紅の瞳へ映されプーチンは自分がつい否定的な意見ばかり口にしていたことに気付いた。まるで二人が企画したこの催しを厭うているような、反対していると捉えられてもおかしくない。先ほど まで機嫌良かったキルネンコまで微妙な顔をして見ている。
 慌てて「違うんですよ!」と強く首を振った。


「素敵だと思ってます、すっごく!……でも、どうしてなのかなって」


 騒ぐことが嫌いな二人が、どうしてこんな大々的にパーティーを開いたのか。そこがどうも腑に落ちず、結果あれこれ穿ってしまう。


 バツの悪そうな顔が見えなかったのは幸か不幸か。
 カボチャの被り物の下で小さくなるプーチンにキレネンコとキルネンコは顔を見合し、再び眼下のカボチャ小僧[ジャック]へ向いた。


「お前はこういうのが好きなんだろう」

「……場所や規模を変えても大差ない」



 それぞれの口から告げられた異なる言葉。

 けど、それは、



「……僕の、ために?」



 確認するよう呟く。すると「さっきからそうだと言ってる」と、今度は全く同じ言葉で返される。呆れた半眼まで一緒だ。
 それで結局どうなんだとばかりに見据えられる。妖しの世界でも絶対強者なネラプシ二体を前に返す答えは決まっているも同然。


「―――嬉しいです!二人とも、ありがとうっ!!」


 嘘偽りない大きな声にフッと縫合跡残る顔が緩んだ。


「なら、せいぜい満喫しろ」

「……腹が減った」

「同感だな。誰かが用意してあった菓子も料理も先に食うから」

「う゛っ……だって、いつ帰るか分からなかったし……」

「………………」

「キレネンコさんそんな目で見ないで!帰ったらまたお菓子作りますから、睨まないでぇー!」

「……ま、それは確定だとして。とりあえず早速、」



「「狩るか」」


「は、ははは……」

 目つきの変わった紅い双眸二対に一歩、後ろへ下がる。格下ジャックにはこの立ち位置がしっくりくる。

 何、後ろに居たからって爪弾きにされるわけではない。今日はどこに立っててもどんな恰好でいようとも、この部屋に在る限りは誰もが主役なのだから。
 甘い香り、含んだ企み、怪しい夜の空気を肺一杯吸い込んで、思いっきり強請るのだ。





「Trick or Treat!」








end











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