企画

□Partyの知らせは突然に
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双子緑

文:破璃 絵:ろば
















Party











 カボチャプリン、パンプキンパイ、パンプキン・ババ、カボチャ型したカボチャのクッキー。
 同じ味ばかりでは飽きるだろうからと焼きリンゴに塩気を利かせたスィルニキ、対照的に甘いピロージナエ・カルトーシカなど用意。気軽に摘まんで回せるようキャンディーやらヌガーやらチョコレートやらもカ ゴへ盛った。
 料理だって気を抜いていない。
 前菜は季節感たっぷりのキノコとクルミのサラダに肉の旨みで固めたハラディエーツ、ニシンの塩漬けに代わって高級サーロを載せたライ麦パン、蜜漬けの蜂の巣。秋野菜と牛肉の煮込みは昨日から煮詰めている し、カボチャペーストを詰めた大判ピローグのサイズは復活祭に負けない力作だ。

 カーテンを引き、部屋を不気味に飾り立てて。三着の衣装を夜なべで誂えて。ランタンも彫って。
 万全すぎるほど準備は万端。










 ……なのに、





「スニーカーの発売日と一緒なんて、聞いてないよぉ……」


 山盛りに積んだブリヌィの隣へべしゃっと突っ伏す。
 ホカホカと湯気を立てるそれが虚しく見えるほどプーチンの気持ちはブルー一色だ。

 本日、10月31日。一般的にハロウィンと呼ばれる祝日をプーチンはそれはそれはそれはそれは楽しみにしていた。

 かつては異宗教の文化と忌まれ規制もされてきた日も、近年になり漸くこの国でも浸透し始めた。
 宗教関係者や教育機関は未だ渋い顔をするものの、発想の柔軟な若者を中心に歓迎されている。最もその大半が正式な起源などは知らず、単に普段と違う恰好して飲めや歌えや大々的に騒げる日と認識してるので あるが―――兎も角、年に一度の重大イベントとなっているのである。
 当然、プーチンがそれを見過ごすはずがない。新年、クリスマス、戦勝記念日と何かあれば必ず乗っかりはしゃぐよう、ハロウィンも全力で挑んだ。

 飾り付けは何をしたらいいか、衣装はどうするか、料理は何々作るか、お菓子は。

 寝ても覚めても踊っていても、それらのことで頭が一杯だった。
 勿論、ただ一人ではしゃいでいたわけではない。家族と呼んでも差し支えない同居人と、その兄弟と。プーチンにとって無二の存在である双子の兄弟も、ばっちり巻き込んでいた。
 プーチンより遥かに教養があるはずの二人はどうしてかこういうイベント事には疎く、只管に無関心だ。それが余計にプーチンのやる気を掻き立てた。
 カレンダーに丸を付けて、二人に「この日は絶対、空けておいて」と滅多にないお願いをして。二人とも、面倒臭そうながら一応頷いてくれたのだ。


 ―――だというのに、購読しているスニーカー雑誌に『新作発売』の四文字を見つけた途端、揃って颯爽と家を出て行った。プーチンが止める間もない。


 大して重要な予定でもない、むしろ新作のスニーカーを手に入れるより大切なことなんてない。とか思っているんだろう、きっと。
 残されたのはハロウィン仕様の部屋と料理、手製の衣装、それからプーチン。

 怒っては、いない。二人にとってかの趣味がどれだけプライオリティが高いかは理解しているつもりだ。スニーカーの為なら平気で大金を積む、部下に仕事を押し付ける、脱獄する。邪魔しようものなら容赦なら 殴る、投げる、埋める。実力・実行力共に抜きん出た彼らにとって口約束を反故にする程度どうってことないし、止めようもなし。


 分かっている―――けど、



「イベントの日くらい、一緒に楽しみたいのに……」



 開け放した窓から入ってくる秋風と賑やかな笑い声―――街角も今日はハロウィンで持ちきりだ。妖しに扮した人々がそこここ闊歩し、「Trick or Treat」の合言葉とお菓子を交わしてあっている。


 外に出て、あの集団に混ざりたいとは言わない。仮装で少しは誤魔化せるとはいえ、自分たちが人目に付くのがまずい身分なのは重々理解している。
 ただ、家の中でほんのささやかにパーティーの真似事をしたいだけ。三人揃って特別な一日を過ごしたい。希望するのはそれだけだ。


 脱力した顔で横向くとカボチャのジャックオランタンと目が合う。本来なら今日、プーチンの首上にあったものだ。
 ニタリ嗤うその被り物のように今日は一日中、面白おかしく過ごすのだと疑いもせず思っていた。

「…………」


 瞬き一つ。沈む思考を跳ね除けるよう、体を起こす。


「レニー、コマネチ!こっちおいで。皆で一緒に食べよ!」


 部屋の隅で遊んでいたペット二匹に声をかける。飲み込めるものなら何でも有りの食いしん坊なカエルと可愛いながら潔癖な双子が寄せ付けたがらないヒヨコのコンビはプーチンの呼びかけに喜び寄ってきた。残されたといってもこの子たちが居てくれる。
 抱えてテーブルの上へ乗せてやると早速ご馳走は消えだした。
 出て行った二人の分を取っておくか迷ったが、結局新しい皿は出さずにいた。いつ帰ってくるかは聞いていない。
「行ってきます」さえ言ってくれなかったのだから。


「おいし〜いっ!やっぱり旬の物使うと味が違うよね!」


 齧りついたパイから広がるカボチャのほっくりした甘さがなんとも言えない。ほとんど砂糖を使っていないのにこの仕上がり。ハロウィンが収穫感謝祭に起源するのも頷ける
 塩を落としただけのパンプキンスープも文句なしの花丸満点。これならお店とか開けちゃうかも?なんて自画自賛してみる。





 (……でも、)




 ちょっと味気なく感じるのは、何でかな。








+ + +


 声がする。
初めは空耳のようなものだった。不明瞭で何を言っているのか分からない。ただ、雑音と断言するには耳に心地よい低音をしている。
そのうち音は一つ一つの単語になる―――「オイ」「起きろ」「寝るな」「気付け」「寝過ごすぞ」
 はて、寝過ごすとは何のこと。確かに収監されていた時は点呼に間に合うよう起きなければならなかったけれど、今は早起きも遅起きも自分次第。それとも腹を空かせた同居人が朝ごはんを催促しているのだろう か?
 自分は割と空腹でないのだけどなぁ。と、もにゃもにゃ考えていると更に「オイ」と揺すられる。そこでプーチンはぱちり目を開けた。一番に見えたのは闇だ。朝か夜か、時間帯の判然しない薄暗さが辺りを取り巻いている。

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。ここ最近、ずっとハロウィンの準備にかかりきりだったから知らない間に疲れが溜まっていたのだろう。寝起き特有のぼんやりした頭で考えていると「起きたか」と聞き 覚えのある声が降った。


「……あれ、二人ともおはようございます?」


 墨を流したような宙へ点と浮かぶ、紅四つ。顔は良く見えなくても、見下ろす紅玉にも似たそれらが誰の物かくらいは分かる。


「……今は、朝じゃない」


 半身起こして挨拶すると、ボソッと短く指摘される。感情を鉋で極限まで削ったような抑揚のないその声はキレネンコのものだ。
という事は、この暗さは夜のものらしい。ペットたちとご馳走を囲んだのが夕方だから、結構寝てたのかもしれない。


「しかし移動させても起きない、床に転がしても寝返りで済ますとは、どれだけ図太い神経してるんだ」


 身ぐるみ剥いでも寝通す気か。そう遠慮なく呆れるのはキルネンコの方。顔が見えなくても声音通りの表情をしているだろうことが予測つく。

 たはは、と気恥ずかしさに頭を掻く。

 が、何故か手が触れたのは髪の毛ではなく表面のツルリとした固い物体。アレ?と首を傾げる。
僕、いつの間に禿げちゃったの?一瞬常識ではあり得ない不安がプーチンの中を過ぎる。

 それに何やら肩から上が重い気がする。荷運びの際に頭頂を使っているかのような、グラグラ不安定で重心が傾く感覚。暗くて気付かなかったが、視野も普段より狭い気がする。
 意識がはっきりするに合わせ疑問が段々増えていく。そういえば、何故テーブルに突っ伏すのではなく寝転がった格好で眠っていたのだろう。しかも、床で。

 『移動させた』とさっきキルネンコが言っていたから、彼らが運んだのは多分間違いない。では、此処はどこなのか?
 とりあえず知っているだろう二人に尋ねようとした―――が、その前に「行くぞ」とキレネンコとキルネンコが手を差し出した。


「行くって、どこに?」


 そもそも現在地すら知らないんですけど。きょとりとしたプーチンの質問へ兄弟たちは無言。代わりに両脇から腕を掴み、強制的に引っ張り上げるとスタスタ歩を進める。


 そうして立ったのは、一枚の扉の前。

 なんとなく見覚えのある形だな、とドアハンドルを見て思っていると、そこへ手を乗せられた。開けろ、という事だろうか。促されるまま、ハンドルを押す。

 まさか開けた途端落とし穴とかそんなオチはないと思うが、


「ああ、そうだ」


 プーチンが素直に扉を開く傍ら思い出したよう声がかかった。


「「Trick or Treat」」










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