企画

□うさぎの王子さま
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赤緑

文:月影 絵:タコクラゲ




















「キレネンコ様、今日は素敵なプレゼントがあるんですよ〜」



 そう言われた時から嫌な予感がしていたんだ。

















 俺にそう声をかけてきた使用人たちが、帰りしなに押し付けてきた紙袋。そこにはとんでもないものが入っていた。


「……なんだこれは」

「見ての通りですよ。似合うと思うんですよねぇ」


 しみじみと呟くそいつらに思わず眉間に皺が寄った。


「ハロウィンの時期ですし、こう無理なくお願いできるんじゃないかと思って」

「…………」

「見たくないですか?」


 確かに、見たいがそれは。


「何も写真に撮ってきて欲しいとは言いませんから、楽しんで下さいね。もう、私達は想像だけでご馳走様って感じですし」


 想像するな。


「かわいいでしょうね〜。似合うでしょうね〜」


 この使用人たちは変態じみたことを言っているくせに、目は穏やかに微笑んでいる。こういう人間は清潔に笑んだまま、えげつないことを平気で言うのだ。
ある意味、雇い主である片割れと同じと言えるだろう。


「受け取るだけはしておく」


「使ってくださいよ〜。他のもご所望でしたらいつでもどうぞ。製作班がおりますので」


 俺は急に使用人たちが恐ろしくなって一歩引いた。それを見て彼女らがまた一歩俺に迫る。


「ただし、二つ目からは使用後の写真付きで」


 にこにこと微笑みながらとんでもないことを言う。


「……そんなもん誰が見せるか」

 俺がそう答えると彼女らはふふふと口許を隠し笑いやがった。
中には意味不明な事を口走り、キャーキャー騒ぎ出している奴もいる。


「まぁ、キレネンコ様ったら!ご馳走様」


 ホントお好きですわね、などと笑いながら彼女らは仕事に戻っていった。何なんだあいつらは。
以前から変わった奴らだと思っていたがそれ以上らしい。俺のまわりにはどうしてこう、一本以上螺子の弾け飛んだおかしなやつが多いのだろうか。ため息を吐くとそれは大きく部屋の中に響いた。


「帰るか……」


 魔の巣窟ではないところへ


 そしてもう一度、紙袋の中を覗き込み意を決して外へと続く扉へ手をかけた。





* * *



「あれ、キレネンコさん、随分早かったですね」


 部屋のドアを開けてキレネンコを視界に捉えた途端、プーチンがそう言った。心持ち大きくなった目が甘い。微笑んだ口許に見とれる。


「……ああ」


 見とれていたせいで遅れた返事にプーチンは首を傾げ、小さく笑った。

「何をしていた」

「明日のハロウィン用のお菓子を焼いてたんです。あ、おやつはパンプキンプティングですよ〜」


 リビングに向かって歩きながらするり、腕が絡まる。ニコニコと機嫌のよさそうな様子に、持ち重りのするでもない紙袋が一気に重たくなった。これを見て不機嫌になられたらもったいない。どうしたものか。


「ちょうど今、出来上がったところなんですよ。出来立てをキレネンコに食べてもらいたいなぁって思ってたんで、キレネンコさんが早く帰ってきてくれて何だか嬉しいです」


 ぽむぽむ、とソファの上を叩き座って下さいと促してプーチンが微笑む。大き目の白いパーカからのぞく鎖骨が眩しい。


「あれ?キレネンコさん、その紙袋は?新しいスニーカーでも買ってきたんですか?」


 見つけられて隠すわけにもいかない。キレネンコは中身をそっと取り出した。


「えっと……」


 取り出したそれを見るなり、プーチンは絶句した。


「もらった。お前にだそうだ」


 息を呑んだプーチンが目で「誰に」と問う。


「……例の使用人」


 キレネンコが答えると、プーチンは、はーっと大きなため息を吐き、ソファーの背にぐったりと体を預けた。


「いくら僕が小さくて童顔だからって……」


 疲れた声で呟きながら、手だけが伸びてそれを取った。


「うさぎ耳……」


 そうだ。うさぎの付け耳だ。
細いカチューシャに取り付けられたクリーム色のふわふわした長い耳。プーチンはそれを引っ張ったり触ったりしながら玩ぶと、おもむろに自分の頭に載せた。


「似合うわけないのに」


 そう思いませんか?と傾げられた首に息を詰めた。ここで正直に似合うぞかわいいぞと言ってしまうとこの先の付き合いが心配なので黙っていた。黙っているとプーチンはうさぎ耳を外し、あろうことかキレネンコの頭に載せた。


「んー、イマイチですね」

 似合ってたまるか。


「こういうのは、ぽちゃっとした色白の子とか、小さい子が似合うと思うんですけど」


 キレネンコの頭に載ったそれを外しながらプーチンが呟く。
一番似合うのはお前だ、と思いながら、白い頬を見つめた。いつもながら、噛り付きたくなる滑らかさだ。内側から発光して、誘っているんじゃないかと都合よく思ってしまうほどの。


「でも、せっかく作ってくれたんですし貰っておきますね。あ、どうせならハロウィンにこれつけてお礼言いに行きましょうか?」

「やめておけ」


そんなことをしようものなら、この先アイツらがどんなことをし出すか……

考えただけでも空恐ろしい。
けれどプーチンはそんなキレネンコの気も知らず、きょとんとその深紅の瞳を見つめ返した。


「どうしてですか?そうしたら、僕に似合わないって彼女たちも納得してくれますよ!」


 名案だとばかりに嬉々として喜ぶプーチンにキレネンコは本日何度目か解らぬ溜め息をつく。

 そしてそれと同時に明日家から出さないためにも、とキレネンコはプーチンの真っ白な首筋に噛みついた。


 可愛い、可愛い、うさぎの王子さまを人目に晒さないために。








end











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