永遠の自由落下
□嫌疑
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そうだよな、そうだよな…
やっぱりまだ入隊したばかりだし、信用してもらてる方がおかしいよなあ。スクアーロ様があんな重傷を押してまで遂行しなくちゃいけない大切な用事だったんだ。
それを、私はあんな風に出しゃばって、スクアーロ様は疲れていた筈なのに、余計に気を立たせてしまって…
ああ、それが原因で怪我が長引いたりしたらどうしよう。
何もせずにじっとしていると、自己嫌悪に押しつぶされそうになる。もう消えてしまいたい。ぱっと空中分解してこの世から跡形もなく消えてしまいたい。
気を紛らわそうにも何もすることが無い。何故って、ここはルッス姐のお部屋で、私は何も持っていないから。
早くルッス姐が帰ってこないだろうか…。
そう思った途端、応えるように目の前の扉が開いた。
「お待たせ。」
「ルッス姐!」
「あら、座ったままでいいわ。今お茶淹れてあげるから。」
浮かせかけた腰を再び椅子に落ち着かせ、部屋の奥のキッチンへ消えたルッス姐を見送る。
逞しい背中がお湯を沸かすのを、極力頭を空っぽにして眺めていた。
やがて部屋中に漂い出す、ほっとするような紅茶の香り。
ルッス姐はコトリ、とカップを二つ並べ、私の向かいに腰を下ろした。
「それで…天音ちゃん、何があったの?」
「…今日、久しぶりにスクアーロ様に会いました。そしたら体中酷い傷で一杯で…スクアーロ様が怪我をするなんて考えたこともなかったので、頭が真っ白になりました。それで気が動転して…スクアーロ様に、口答えしちゃったんです。」
「それであんなに落ち込んでたの?」
「落ち込んでいるわけではないんです。ただ…」
「ただ?」
「信用、って難しいな、と思ったら悲しくなって」
ルッス姐は、そうねえ、この業界だとね、とカップに口をつけた。
「そんなに焦る必要はないわ…まだ出会ったばかりじゃない」
「分かってはいるんです。私が長い間ずっと憧れてきたから、だから勝手に、信用してほしいなんておこがましい幻想を抱いてるだけだって。それに…スクアーロ様を見ていると、初めて会ったような気がしないんです。」
「前からの知り合いだったってこと?」
「そんな筈はないんです。でも、懐かしいような不思議な感覚がして…」
「そう…。ねえ、あたしの考え、聞いてくれる?」
「はい。」
「『気にしないこと』よ。時間だけはどうしようも出来ないんだから、今はくよくよしないで、先に進むこと」
ルッス姐はにっこりと笑った。
「大丈夫よ、私から見れば、スクちゃんは十分貴方のこと認めてくれてるわ」
「…はい!」
話を聞いてもらって、アドバイスをしてもらって。ほんの数分間の出来事だったのに、気分がスッと楽になっていて驚いた。
たった数日間。分かっているつもりだったけど、短い時間。一回怒られた位で落ち込むなんて馬鹿げている。
ルッス姐の言う通りだ。『気にしないこと』
「ルッス姐、ありがとうございました!」
「いいのよ。また、いつでもいらっしゃいね。女の子同士、仲良く頑張りましょ!」
「はい!」
入った時よりもうんと穏やかな気持ちでドアをくぐった。
さあ、仕事に戻らないと。
あ。
筆箱、何処に置いたっけ…
スクアーロ様に会う前までは持っていたから…あの時落としたのかもしれない。
私は大急ぎで筆箱を探しに行った。
* * *
天音が出ていった後の部屋で、ルッスーリアは甲高い声を上げた。
「マーモン!盗み聞きなんて趣味が悪いわよ。」
「人聞きが悪いな。君が呼んだんじゃないか」
何処からともなく声が響き、屋内だと言うのに霧がかかる。それが晴れた時、先程まで天音が腰かけていた椅子の背もたれ小柄な人物が腰かけていた。
ルッスーリアは別段驚いた風もなく自然に話を続ける。
「姿を消して、なんて言ってないわよ!」
「悪いね、掴める情報は掴んでおく主義なんだ。情報は金と同じ位重要だからね。それにあの新米も僕のこと気付いてたみたいだし。」
「そう言う問題じゃないわよ!」
「で、話って?ジャッポ―ネに行くって話はさっき聞いたけど、まだあるの?」
「ええ…天音ちゃんの素性を、もっと詳しく調べてほしいの」
「個人的な興味かい?」
「…ボスの命令よ、間接的には」
「そう。僕は報酬さえもらえればどっちでもいいけどね」
新人、君の言う通り、信用ってのはむずかしいよ。この業界に限った話じゃないけど。まあ、そんなもの無くたってここでやってくことは出来るけどね。
マーモンは、口をへの字にしたまま密かに思った。