スクアーロ短夢

□ぬいぐるみ
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 天音がソファーに寝転がって、何やらもふもふとしたものを抱き締めている。


 そんな、本来ならば天音の可愛らしさに癒される場面のはずなのに、俺の機嫌はあまり良くない。

 実際可愛らしいし、癒されもするのだが…



「なんだぁ、それ?」



 声に苛立ちが表れないよう、最大限の注意を払って尋ねた。
 天音はすまいる〇円で答える。



「よくぞ気付いてくれましたっ!これねー、作んのに結構時間かかったんだよ。自分で言うのも何だけど、かなーりうまくいってると思うんだ!」

「だから…『何』なんだぁ?」

「何って…『ベル8号機』。うーん、似てないかなぁ…」
「…そっくりだぜぇ…」



 声に若干の敗北感が滲む。

 そう…天音が愛らしい両腕で抱き締めているそれは、ベルに酷似したぬいぐるみだった。

 本人の言う通りかなりの出来で、それが何だかムカつく。



「何でんなもん、」
「お、天音じゃん。」



 …出た、超自己中のクソガキ。普段談話室になんか来ねぇくせに、こういうタイミングで来やがって…



「やあやあベル君、おはよっ」



 そして目ざといベルが、天音の腕の中のソレに気付かないはずがなかった。



「しし、何それ、王子?天音作ったの?」
「いえーす!『ベル8号機』っていうのさ☆」
「8ってことは、1から7もあるわけ?」



…!!



「あるよ。あんまりうまくいかなかったけど。見に来る?」
「「見る。」」







「ししっ、なんでカスアーロまで来るわけ?」
「別にいいだろうがぁ」
「天音は『俺に』見せるっつったんだぜ?な、天音?」
「いいよ。スクアーロも見に来てよ。ていうかぜひおいでっ!わー、今まで作ったの見てくれる人居なかったから、なんか緊張するな…」



 何やらそわそわしている天音は、少し残念そうなベルの様子に気付かないようだ。ベルのぬいぐるみってのが気に食わねぇが、天音が楽しそうだし、許してやることにする。



「あ!今ちょっと部屋が散らかってるから、ゆっくり来て?先行って片付けてるから」



 そう言うや否や、天音はベル8号機を抱えてパタパタと駆けていった。

 残された俺を、ベルは勝ち誇ったように嗤う。



「ししっ、やっぱ天音は王子のこと好きなんだ」
「あ゛ぁ゛っ?!んなわけあるかぁ」
「だって、そうじゃなきゃぬいぐるみとか作んねーし。カスアーロ妬いてやんのー、ししし」



 元々、導火線は極端に短い方だ。



「――――う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛い、ベルてめぇえ゛え゛!!!今すぐ三枚、いや千枚に下ろしてやるから覚悟しやがれぇえ゛え゛!!」


びゅん!



 振るった剣が空気を切り裂く。チッ、外したか。



「そんなの王子には当たらないし」



 ひらり、かわして。ベルは談話室を飛び出した。



「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛い!逃がすかぁ!」



 すぐさま後を追う。時折ナイフが飛んでくるが、リーチの短い剣では残念ながら反撃できない。くそっ、すぐに追い付いて下ろしてやる…

 館をかなり移動して、気付くとカスガキは天音の部屋のドアを



「王子がいっちばーん、ししっ☆」



とか言って開け、勢い良く飛び込んだ。何だ「☆」って、俺の苛立ちを加速させてぇのか、おちょくってんのか、喧嘩売ってんのか。―――まぁ、そうだろうな。



「待てぇっ!」



 勢い良く閉まりかけた扉の隙間に体をねじ込むようにして部屋に入る。

 そして唖然。

 部屋に入って途端に目に飛び込んできた、箱、箱、箱…



「もー、ゆっくり来てって言ったのにー」



 箱に埋もれるように座っていたのは紛れもなく天音。



「わ、わりぃ…」
「うわー、カスアーロ怒られてやんの。」
「う゛ぉぉ゛い、元はと言えば全部てめぇのせいだろうがぁっ!!」



 俺は剣を振り上、



「すとーっぷ。はいはいやるなら外でやってね。ここ殺り合わないでよ。ぬいぐるみ見てくれるんじゃなかったっけ?」



 天音は腰をあげ、手近にあった箱に手を掛けた。



「確か…この辺がベルの箱…」



蓋を開けた。



「しししっ、天音上手ー♪」



現れた7個のぬいぐるみ。



「本当?これが初号機で、2号機、3号機…」



 順番に指差していく天音。初号機では二頭身だったが、徐々に背が高くなり、8号機では四頭身位になっていた。服やティアラ、アクセサリーまでかなり忠実に再現されている。


「やっぱ8号機が一番うまくできたな、うん。…どうしたの、スクアーロ?なんか目が怖いんだけど。」



 天音が首を少し傾げて、俺の目を覗き込むようにして言った。



「そんなこt…」
「こいつ妬いてんだよ」



 ベルがまた余計なことを言いだす。



「ん?何を?」
「天音が俺のぬいぐるみ作ったから、な」
「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛い、『な』じゃねぇっ!」



 ぽん。



「そうだったのか、スクアーロもぬいぐるみ作って欲しかったのか…」
「ん、んな、んなわけあるかぁ!つか肩に手置いて慰める体勢作ってんじゃねぇぇっ!」
「心配しなくても良いよ。ちゃーんとスクアーロのもあるから。」



!!



「えーと、スクアーロは…この辺?」



 天音は少し離れた場所にあった箱を持ってきた。



「開けー、ナマコカステラぁぁ」
「いや、その掛け声はどうかと思うぜぇ。つーか何だよナマコカステラって。」
「ほい、スクアーロ2号機。」



 天音が両手でバッと突き出してきた、それは―――



 静まり返った室内に、一拍遅れて吹き出す音が響く。ベルだった。



「…ししし、これ本当に同じ奴が作ったの?ありえねー」



 ベルが、手の中のベル8号機と見比べながら言った。



「うん、ちゃんと自覚してるよ。」



 天音がスクアーロ2号機に話し掛けるように言った。縫い目が滅茶苦茶で色々不恰好なくせに、不思議な程俺にそっくりなぬいぐるみに。



「やっぱ天音が好きなのは俺だな。」



 いつもの腹立たしい笑いを含んだまま、俺にだけ聞こえるようにベルが囁く。くそっ、こいつ今すぐ捌いてやろうか。

 むかつく。このカスガキにも充分むかついているが、天音がスクアーロ2号機よりもベル8号機をうまく作った事のほうが苛立つ。何より、そんなことでイライラしている自分がイライラする。

 そこまで考えて、少し虚しくなる。



「スクアーロ、眉間の皺がヤバいよ?きれいな顔から皺が取れなくなるよ。」



 天音が話し掛けてきた。冗談めかしているが、心配してくれているのが伝わってくる。



「あ゛ぁ。」



 くそっ、何だよ「あ゛ぁ。」って!!こんな返事じゃあ会話すら成り立ってねぇ。もっと言うことあんだろ、俺!中学生か!!



「どうしたの?何か変だよ?」
「だから、カスアーロは妬いてんだって」
「何、ベル?スクアーロ何か焼い」
「う゛ぉぉぉい、うっせぇっっ!!」



 思わず叫ぶ。我ながら自分の声の方がうるさいと自覚してしまったが、今更だ。



「スクアーロ、やっぱり今日は変だ。」
「ししし、こいつが変なのはも・と・も・と。」
「う゛ぉぉぉいっ!てめぇにだけは言われたくねぇ!」
「それってどーゆー意味?王子に喧嘩売ってんの?」
「喧嘩売ってんのはそっちだろうがぁっ!!」



 再び険悪になる二人。



「……………そうか!」



 困ったように二人を交互に見ていた天音が、唐突に声を放った。あまりに平和すぎる声に、部屋中の緊張感が一気にしぼむ。


「つまり、スクアーロはスクアーロ2号機があんまり下手過ぎて機嫌が悪いのな?」
「…まぁ、そうだとも、違うとも言える。」
「でも安心して!」
「…?」
「最新号は、自信作だから!」



 天音は、ぐっ、と親指を立ててみせた。クローゼットの方へぱたぱた駆け寄り、細く開けた隙間に腕だけ突っ込んで、何やらごそごそと漁っている。しばらくしてようやっとお目当てのものを見つけたらしく、クローゼットから腕を引っ込抜いた。



「じゃじゃあああん♪35号機〜♪」



 振り向きながらそれを見せた。



 それは、俺、だった。



 等身大に作られた俺は、隊服をきっちりと着込み、心持ち剣を持ち上げ、不敵に口の端を上げ、鋭い目付きでこちらに流し目をやり…。
 纏う雰囲気さえ、まさに俺そのものとしか言いようがなかった。



「天音…すげぇ…。」
「んだべー?たげ頑張ったんだやぁ!今迄で一番でっかかったから、心配だったけど、力作!!」



 にっこにこしながら、よくわからない訛りで語る天音。



「よく頑張ったなぁぁ。」


 髪をわしゃわしゃ撫でてやると、猫みたいに目を細めて喉をならす。



「スクアーロー」
「ん゛?」
「気持ち悪いって、思った?」
「は?」
「…だから、その……ううん、やっぱりなんでもない!あのね!これが一番の自信作何だけどさ、折角だから他のも見て!」
「おぅ。」



 吹っ切れたように、天音は次々と箱を開けていった。

 ボス、マーモン、レヴィ、ルッスーリア…

 次から次へと、魔法のように。

 その中で一つだけ異彩を放つぬいぐるみを見付け、思わずげぇっ、と声が漏れる。


「う゛ぉおい、ルッスーリアの野郎(のぬいぐるみ)、なんでワンピースなんだぁ…」
「ああ、これ?ルッスの希望だよ」
「だからって作るなよ…」
「スクアーロも何か希望、ある?出来はともかく、作ったげる。」
「希望、なぁ…」



 少しだけ考えて、天音のぬいぐるみを頼んだ。天音は不思議そうに、



「良いけど、多分何の面白みもないよ?レヴィよりは作りやすいだろうけど…。ていうか、作ったことないから、へたくそになると思うけど…」
「構わねぇ。」
「了解っ」


「ピシッ」っという音がつきそうな位本格的な敬礼が返ってくる。
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