スクアーロ短夢

□嘘
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 部屋へ戻ったスクアーロを待っていたのは同僚の女だった。

 彼女にしては珍しく、華やかな装いだった。淡い色のスカートも緩やかに髪を纏めるバレッタも上気した頬も、何一つ文句無しに完成して華やいで見える筈なのに、余りに硬い表情が全てを台無しにしている。



「よ、スクアーロ。」

「…よぉ。」



 気詰まりな沈黙が流れる。破ったのは、女。何気なく、いつもと同じように。



「ねぇ、スクアーロは今、ボスに言われて来たんでしょう?」



――――私を、消すように



 スクアーロは否定も肯定もしなかった。所詮沈黙も肯定の証にしかならないというのに、まるで自分さえ黙っていれば真実が変質すると信じて疑わないように。



「やだなぁそんなお葬式みたいな顔して。心配しなくても大丈夫だよ。逃げたり抵抗したりしないから。そのためにここに来たんだもの。」

「どうして、」

「ボスに刃を向けたの」



 いっそ不誠実な程明るく取り繕われた声色が上滑りする。だってスクアーロは合わせてやるつもりなどさらさら無いし、言い出した本人には不誠実さが足りないのだから当然だ。

 スクアーロは口を引き絞って続きを待っている。彼女は、茶番を続ける。



「それにしても、私一人を消すのに、ナンバーツーのスクアーロが動くんだ。結構評価してもらってるんだ、私。」



 スクアーロの目を見て、彼女はふっと悲しく微笑った。銀白色の光彩に怒りと、自分のによく似た諦念を見つけて。



「分かってたでしょ?」



 ああ、その通りだ。確かに分かっていた。いつかはこうなることを、スクアーロも、ザンザスも、十分すぎる程に。







 彼女は揺りかご以前からの隊員で、スクアーロとほぼ同期だった。長年その剣をスクアーロと共に振るってきた。ザンザスの野望の為に。

 けれど。彼女は、暗殺者にはなりきれなかった。マフィアですらなかった。任務をこなせばこなす程、血に染まれば染まる程、彼女は清浄な魂を望んだ。

 だから暗殺者のくせに殺しを嫌った。マフィアのくせに嘘を嫌った。

 もはや正義感や倫理観等という生易しいものではなかった。暗殺者としての彼女が、生身の彼女の存在を本質的に、そして確実に欠損させていった。

 ヴァリアーの面々は彼女が苦しんでいることを十分理解していた。彼女はヴァリアーの誇り高さや強さに病的に惹かれる反面、そのやり方を憎んでいた。そんな危うい忠誠心しかない彼女を拒むことも出来たのに、彼らは彼女を手放さなかった。手放すには、惜しい人材だった。

 そして、日本で行われた二度目のクーデター。モスカの中に九代目の姿を認めた時から――――



 彼女は笑わなくなった。





「これを取りに来たんでしょ?」



 毎日適切に手入れされている刄が、鈍く光を反射しながら部屋を横切った。彼女が放って寄越したのはスクアーロの愛剣。放られた剣は綺麗な弧を描き、ぴたりと持ち主の右手に収まった。



「スクアーロで良かったよ。一番痛くなさそうだし、それに………ねぇスクアーロ、お願いがあるの。最後のお願いが。」



 茶番をかなぐり捨て、必死さを隠そうともしない口調、語尾。

 これが全て演技だったとしたら、どれほで良かったことか。スクアーロは、顔を上げて見つめ返すと言うだけの動作がどうしても出来なかった。目を、合わせられなかった。ただ、ゆっくりと頷いた。



「最後に、死ぬ前に、どうしてもスクアーロに伝えたいことがあるの。だから…


…手酷くこばんで。



 抱え込んで死ぬのは嫌だ。スクアーロが優しいのは知ってるけど、曖昧なのも嫌。だから、どうか、」



 途中まで言って、後は分かるでしょ、とでも言うように肩をすぼめ、下ろしてみせた。

 擦れた声で分かった、と返して、スクアーロは得物を左手に装着し始める。大して時間のかからないその作業が終わるのを見届けてから、彼女はスクアーロに駆け寄った。



 それから、生まれて初めて人を抱き締めて、



「好き、大好き。」



 ずっと、ずっと言えなかったことを告げた。大好きな人の耳元で、何度も。

 一生懸命、生まれて初めて愛を囁いた。

 ぴたりと身を寄せたスクアーロの胸が息を溜めて、ああ、これで最後だと分かっても、知らないふりをしてずっと囁く。

 スクアーロが、たった一言だけ囁き返した。

 好き、好き、と呪文のように想いを告げていた声が、はっと止んだ。目をいっぱいに見開いた彼女がスクアーロの服の背をぎゅっと握った。




 そして、彼女の背に深々と刄が埋まり、その鼓動を止めた。

 あっさりと。いとも簡単に。

 温かい血がスクアーロの左手を流れ、肘を伝い、床に血溜りを作っていく。



「…悪ぃなぁ、最後の願い聞いてやれなくて。」



 暗殺者は、腕の中で眠っているような裏切り者に呟く。



「てめぇを見てたら、嘘をつけなくなっちまったみてぇだぁ。」



 右手で頬に触れると、まだ温かかった。

 一筋伝ったのは、左手だけだったのだろうか―――











 それから裏切り者は、暗殺部隊の誇る死体処理班によって速やかに処理された。

 生前の彼女を知る精鋭たちは揃って首をひねる。

 どうしてこの標的は、こんなに幸せそうに笑っているのだろう――――――
 

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