スクアーロ短夢
□Vの秘密
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透き通るような歌声。透明に、どこまでもどこまでも真っ直ぐな恋心を綴る。
例えるならそう、冬の朝早くに眺める空。
ただ、音質が悪いのがちょっとなぁ。
そんなことを思いながら、寝ころんだまま充電器に繋いである携帯に手を伸ばす。
そうしながらも、私の頭の中ではぽこぽこと「?」が増え続ける。
勿論、わざわざ個別着信音を設定したのは他でもない私で、だから驚くことなんて無いはずなんだけど。
―――何かの間違いじゃなかろうか?
…私の上司、『あの』傲慢な鮫スペルビスクアーロ様が、自分から私にメールを送るなんて。
さっきの着信音を聞き間違えるわけもないし…。今だってこの青い電子機器のランプは、いつもとは違う色で点滅している。これも私が個別に設定したものだ。
手の中で鳴り止んだ携帯を、まだ疑いながらパカンと開く。
どうしてここまで疑っているのか?
今までそんなことは一回も無かったし、その必要も無かったからだ。
部屋が遠いとはいえ、同じVARIAの屋敷の中に住んでいるのだ。スクアーロ様があの大きな声で私を一言呼びさえすれば、いつだって私は飛んでいく。それで事足りた。
任務で連絡を取る必要がある時はイヤホン式の無線を使う。
メールを全くしないわけではない。そういう時はいつも私から。きっかけを作って、他愛もない、私にとっては大切で、恐らくスクアーロ様にはどうでもいいことを、ドキドキしながら話しだすのは私から。いつも一行程度で済ますスクアーロ様に、3〜5行で返すのも私。迷惑じゃないかと思いながら、それでもついつい、送ってしまう。
でも、これは仕方がないことなのだ。
だって相手は、スクアーロ様なのだから。
誰にも言っていないけれど、そしてもう多くの人には勘づかれているかもしれないけれど、私は、
スクアーロ様のことが好きだ。
うん、だったら仕方がない。
そう言い訳しながら、受信フォルダを開く。自動的に振り分けられる専用フォルダのメールは私の努力の結晶だ。心底そう思う。
その一番上の未開封のメールを開く。
嘘だろ、おい。
【天音、今から二人出かけるから準備しておけぇVV】
反応できずにディスプレイを眺めていると、やがて画面は待ち受けに切り替わる。
まずこの内容でメールを送ることからして、何か変だ。
この程度のことなら、それこそ口で言ってしまえば一瞬だ。だいたい数時間前まで一緒に仕事をしていたのだから、その時に言えばいい。
それだけじゃない。
出かけるって、一体どこに行くのだろう。今から入っている任務も無いし、任務でないなら…?
私はスクアーロ様のことが好きだ、と言ったが、当然だがそれは完全な片思い。よって、残念ながらデートという線もありえない。
いやいや、一番の突っ込みどころはそこじゃなくて。最初に突っ込むべきだったけど、何というか扱いに困った。
…何この『VV』!!!!!!
『VV』って、ピースサイン?!それとも、よくハートマークの代用で使われるけど…あ、それはないな。
百歩譲ってスクアーロ様が何らかの理由があって私と出かけねばならず、何かしらのアクシデントによってそれをメールで送らなければならなかったと、そう言うことにしよう。だとしても!!普段は面倒がって「,」「.」さえ付けなかったりするスクアーロ様が、文末に何か付けてるぞぉぉぉぉぉぉ!!!!!っていうのが腑に落ちない。
…おかしい。絶対おかしい。
もしかして、スクアーロ様には彼女がいて、その彼女に宛てたつもりが間違って私の所に来たのか。いやいや、ちゃんと天音って書いてるし。
じゃあ、何なんだ。
本当何なんだ。
そうか!!わかったぞ!!閃いた!
さてはこれは、そもそもスクアーロ様が書いたんじゃないんだな!それなら全部納得がいく。
それなら全て説明がつく。きっと暇を持て余したベルあたりが、スクアーロ様の携帯から勝手にイタメを送ったんだ。そうだ、そうに違いない。
くそー、あのクソ堕王子が。いつも私に書類押しつけて、共同任務では血に狂ってこっちにまでナイフ投げて、狂ってなくても『鬼ごっこ』『かくれんぼ』と言う名の命懸けのサバイバルを口実にナイフ投げて、それでもまだ虐め足りないか。
頭に来た。私は特別短気でもないけど、決して温厚と言うわけでもない。腹が立つもんは立つ。一言言ってやろう。そして、このたぐいの悪戯と、できれば日々の私の扱いも改善させよう。
べルに、メールではなく電話をかける。しかし、なかなか繋がらない。あのヤロー、無視か、無視なのか。
もう切ってやろうと思い始めた頃になって、ようやくベルが電話に出た。
「あー、もしもしィ?」
語尾!何なの語尾の「ィ」!腹立つ!!
いや、そうじゃなくて。あれれ?ベル、なんか無駄にハイじゃない?何か、聞き苦しいBGMも聞こえる。例えばそう、金属が空を裂く音、切れちゃいけないものが切れる音、断末魔…
「おい、天音ー、用事あんだろ?さっさと言えって。しししっ♪」
独特な笑い声は、いつもよりさらに独特。この感じは…
「ベル、今任務中だったり?」
「らじばんだりー♪」
は?何だよ「らじばんだりー」って。ちょっと前に流行った芸人か。ていうか「らじばんだりー」ってそもそも何物だ。ランデブーみたいな??
ベルはわりかし下らないことをよく言うけれど、この手の、滑ること必至なことは言わない。
うん、この異常テンション。任務中だ。
「あー、じゃあいいや。」
「折角王子がお前の下らない内容のためにわざわざ電話受けてやったのに、何様?」
「下らないってのは確定なんですか。楽しく任務中みたいだし、おっしゃるとおり大した内容じゃないからいいや。」
「あっそ、じゃ、バイビー♪」
ベルは上機嫌で言葉を切った。
一般人が聞いたらトラウマ間違いなしの音を流し続ける携帯を、通話終了ボタンで強制的に黙らせる。こうすればこの音を聞かなくて済む私は幸せ者だ。ベルは、一緒に任務をしたくない人物トップ5に余裕でランクインしている。ベルの部下の皆さん、標的の皆さん、御愁傷様です。
うーん、ベルは暇でもないみたいだし、今は屋敷にいるはずのスクアーロ様の携帯に触れようもない。
じゃあ…フラン?
…ないない。フランがそんな、面倒な割に面白みのないことをするわけがない。
頭のなかでフランが無表情に、
「どうしてミーがそんなナンセンスなことをー。ミーは真面目なのでそんなことはしませーん。天音ー、馬鹿ですかー?」
う゛ぉぉっい!馬鹿って何だ、馬鹿って!何て事言うんだこの黒蛙ー!!
…あ、フランが言った訳じゃないか。私の想像の中で…ごめんフラン。
いや、でもこの想像はあながち間違ってもないはずだ。もしフランに「悪戯した?」って聞いたら、私の想像と大同小異な答えが返ってくるだろう。
よし、さっきの謝罪(イン My Heart)は撤回。
じゃあ、一体誰が…?
もしかして、実は見間違いだったなんて言うべたな落ち…べたでもないか。
よくよく考えれば、疲れ果てて寝ていたところをメールで起こされたのだ。寝ぼけていたという可能性も無くはない、かも。
だとしたら、どんだけスクアーロ様からのメールに飢えてるんだ、私。片思いなのに末期だ。危ない危ない。
そうなると、自分で自分が信用できなくなってくる。もう一回確かめてみようか。
でもなぁ。それで、やっぱり本当にただの見間違いだったりしたら、今まで悩んでた時間と精神の摩耗は無駄にだったっていうことに…
相変わらず、ディスプレイと睨めっこ。
フォルダのロックを外そうと番号を入れ、そのたびに何となく躊躇われてクリア。
たかだかメールを見るのに、こんなに時間がかかったことはない。
つまり、私にとってスクアーロ様のメールがどれほど重要かということで。
あー、じれったい!
見てしまえ!見間違いだったらそれはそれ。確かめよう。
やっと決心をした私の指は滑らかにロックを外す…
ドンドンドン!!!
短く強く三回、ドアがノックされる。
誰?心当たり、無し。
少なくともこの屋敷の人間じゃなさそうだ。なんでって、ここには「ノックしない人間(主に堕王子)」か「丁寧にノックする人間(主にルッス姉及び使用人の皆さん)」、もしくは「私の部屋に来ない人間」しかいない。
荒いノック…うーん、誰だ…?
「う”ぉぉい、居るんだろぉ?」
!!!!
WAO☆まさかのスクアーロ様だYO☆
スクアーロ様は間違いなく、さっきの分類で行けば三種類目だ。
スクアーロ様が私の部屋に、まじでまじでまじでまじd
「う”ぉぉぉい!」
うおっ。スクアーロ様がここに来たということに動揺しすぎて、却って忘れてた。
ベッドから跳ね起きて、室内用のもこもこスリッパをつっかけるようにしてドアに飛びついた。
ドアノブを回すことさえもどかしい。
ほぼ毎日顔を合わせているというのに、スクアーロ様が居ると思うだけでもう半分パニックだ。よくこれで日々の任務が務まるものだ。
やっと回ってくれたドアノブを恐る恐る押し開ける。(以前思い切りドアを開けて、運悪く通りかかった任務帰りのレヴィさんの顔面を潰してしまったことがある。)
小さく木が軋む音。
ぁ。
いつも。いつもそうだ。姿を目にのせた瞬間、時間が止まる。
純粋にその美しさにひかれて。
誇りや強さに憧れて。
それから、それから、それから何だろう?
沢山の感情が絡み合って、私は瞬間的に天音ではなくなる。
私の視線を目一杯引きつけて、スクアーロ様はさっと私を眺めた。
ほんの少しだけ、端正な顔が曇る。
…あー…
私は、スクアーロ様の前なのになんて残念な格好を…
部屋に戻ってすぐに隊服からジャージに着替えてしまったことを今更後悔する。
今まで寝ていたから、寝癖もついているだろうし顔も腫れているに違いない。
恥ずかしいのを通り越して、ただ悲しくなってくる。
もともと、私に期待されているのが見た目ではなくて能力だということは百も承知。でも、流石にここまで酷いとなぁ…
落としていた目をそっと上げる。
スクアーロ様の口から零れるであろう言葉。悪い方にしか想像できない。
「なんだぁ”、携帯持ってんじゃねぇかぁ。」
スクアーロ様は不満そうに言った。
へ?
確かに、私の手の中にはさっきまで握りしめていた携帯が依然として居座っている。スクアーロ様は私の凄まじい格好ではなく、この青い奴を見たのか。
「自分から出すときはすぐに返すくせになぁ”」
「えっ?!じゃああれはスクアーロ様が」
「他に誰がいるんだぁ。」
「でもVが…」
「ど、どうでもいいだろぉ、んなもん。」
あ、スクアーロ様、今ちょっと動揺した。
「ったく、準備しておけと言ったろぉ。」
「は、はい!!すぐに準備します!」
私は光の速さで部屋に引っ込んだ。
っはぁぁぁ、どきどきしたぁ…
音の速さで着替えながら、気持ちを落ち着かせる。
スクアーロ様、私服だったなぁ。さっきはスクアーロ様を見るので一杯いっぱいだったからちゃんとは見れなかったけど。
流れで履きそうになった(よそ行き用の)ジャージを置く。かわいくはならなくても、せめて私服を着よう。
飛び出すと、スクアーロ様は壁にもたれて待っていた。
「すみません、お待たせして…」
「早ぇじゃねぇかぁ。よく三分で化けたなぁ。」
スクアーロ様が腕時計を見て言う。
「一応VARIAですので、VARIAクオリティー使いました!!」
少し、無い胸を張ってみる。
「そうかぁ。じゃあ、行くぞぉ。」
歩き出したスクアーロ様。その肘のあたりを、ちょいちょいと引っ張る。
「スクアーロ様?」
「あ”?行き先かぁ?まだ言わねぇ。」
「いいえ。」
スクアーロ様は歩みを止めた。
「あの
『VV』、」
「早くついてこい、置いていくぞぉ。」
「あぁっ!!待ってください!!」
スクアーロ様は私に背を向けてさっさと歩きだしてしまった。
その後ろを追いかける。走ればすぐに追いつける。
「スクアーロ様ー?」
「るせえっ!」
わざと顔を覗き込んで言い募ってみれば、スクアーロ様はふいと顔をそむけてしまった。
「スクアーロ様ー、」
「あ”ぁ、」
「楽しみです!!」
「…当然だぁ。」
これから、任務でもなく、デートでもなく、どこに向かうのだろう。
どこでもいい、スクアーロ様と一緒なのだから。
そう思えた私は、本物の片思い末期かもしれない。
Vの秘密が
解けなくたって