スクアーロ短夢

□The End never comes
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 耳元で脈打つ温かな鼓動。それは存在の証明。

 温かい、温かい――――涙が止まらない。








 好きな人がいた。ともかく好きで好きで仕方がなくて、生きている理由と言っても過言では無いくらいに好きだった。

 振り向いてほしかった。必死だった。慣れない化粧もした。似合わない可愛い服も着た。女の子らしく振舞おうとした。でも、そんな沢山の努力はどれ一つ実を結ばなかった。



 私は幼かった。いつだって、立ち止まることなく前へ進んでいたかった。

 だから、怖くなった。このまま何も変わらないでいること。ただ気付かれないまま想い続けることなどできなかった。

 そうしてある時、私は直接彼に尋ねたのだ。



「ねぇ、どんなに頑張っても好きな人に振り向いてもらえないんだけど、どうしよう。」



 勿論、それが誰なのかは言わなかった。心のどこかで、彼が「誰」なのかに気付いてくれることを願っていたのかもしれない。

 背中で聞いていた彼は初め何も言わなかった。それから十分私を不安にさせる位に間をおいて、



「諦めちまえ。」



 低く言った。手負いの獣が呻くように。怖いと思った。悲しいとも思った。ついに振り向いてはもらえなかったのだ。

 そっか、そうだよね、ともっともらしく何度も頷きながら、初めての失恋は前触れもなく訪れた。思っていたよりは辛く無かった。涙は出なかった。それでもやっぱり苦しかった。










 私は馬鹿正直だった。

 彼のことを度外視してしまえば、恋の種はそこら中にあった。私は簡単に恋に落ちた。

 それでも事あるごとに浮かぶ彼の顔を必死に打ち消さなければならなかったし、会うたびに駆け寄ろうとする足を地面に引き留めておかなければならなかった。













 その日は朝から晴れていた。だから夜は寒かった。いわゆる放射冷却と言う奴だ。

 私はフラフラと街灯の下を歩いていた。肘と膝から先を出して歩くのにはあまりに寒い夜だった。

 向こうから人が歩いてくるのが見えた。

 見覚えがあるどころではない、目に焼き付いて剥がそうとしても剥がれなかった姿。

 幻覚かと思った。でもそれにしては嫌に生々しくリアルだった。

 彼はまっすぐとこちらへ歩いてきて、よぉ、と片手をあげて見せた。私もよっ、と挨拶をした。

 私が街灯の光の輪の中に入ると、彼は呆れたように呟いた。



「ひでぇ顔してんな。」

「まあね。こればっかりは仕方がない。」



 自分の頬を引っ張ってみせる。くっきりと涙の筋の付いた頬だ。



「失恋かぁ」



 馬鹿にしている風は無かったから、うんと頷いた。

 腫らした目を瞬かせるうちにどうしても悲しくなってきた。

 彼が切れ長の目を見開いた。私が駆け寄って、その胸に頭を凭せ掛けたから。



「これが、止まるまで、」



 こうさせてよ。半ばやけくそだったから、背中に回された手が許してくれたことに驚いた。

 止まっていた涙が蛇口を捻ったように溢れだす。

 ああ、このまま、止まらなければいい。

 そうしたらずっとこうしていられるから。昔望んだ場所にいるのに、それは短い時間でしかない。

 惨め。哀れ。滑稽。



 それでも、涙はいつか涸れる。バケツが空になれば、もう雨は降らない。

 とめどなく流れていたものはいつしか途切れがちになり、唐突に治まった。




 タイム、リミット。




 彼の胸板に押しつけたままの唇で「ありがとう」と呟いてゆっくりと体を引いた。



「勝手過ぎんだろぉ」



 彼が低く言った。ああ、あの時の声みたいだ。その声が、しまって置いた最後の涙の瓶を割ってしまったように、涸れたはずなのに目から溢れてきた。



「…ごめん、まだ止まんないみたい。」



 そっと、頭を元に戻した。

 背中に回された広い掌が、とん、とん、とあやす様にリズムを刻む。ひどく懐かしい感じがした。幼い頃、こうやって誰かにあやされたことがあった。



「忘れようとした人の腕の中で泣くのって、滑稽?」

「滑稽どころの話じゃねぇ、ただの馬鹿だろぉ。」

「そうだね」

「まぁ、惚れた女の失恋慰めて、内心喜んでる奴ほどじぇねえけどなぁ。」

「全く、とんだ喜劇だよね、しかも駄作」



 笑いながら泣いた。まだ止まらない。

 ずっとずっと、そうしていた。










 まだこの気持ちは止まないの

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