Long Love

□面白い人
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「子供の頃の恋はな、相手を好きになるんやない。恋する自分に恋するんや。」

 いつだったか忘れてしまったが、いつかテレビの司会者がそう言っていた。幼い私は分かったような分からないような、でもやっぱり分からない気持ちでそれを聞いていた。





 10歳。多分10歳だ。私の初恋は。






 * * *





 小さい頃。世界はうんと狭くって、私は何でもできた。私は、私を中心に回る世界の神様だった。それが間違いで、自分は世界の中心でも神様でもないということを知ったのはもう少し大きくなってからのこと。

 私は面白いこと(厄介事ともいう)が大好きな好奇心旺盛(野次馬根性ともいう)な子供だった。そんな私にとって、マフィア関係者の通う学校は毎日何かしら「面白いこと」のおこる退屈しない場所だった。



「おーい、中庭で喧嘩やってるぜー!」

「誰誰?!」

「またスクアーロが上級生に喧嘩吹っ掛けられたんだってよ、飽きねぇよな」

「見に行こうぜ!」



 こんな調子だ。多くの女子は「野蛮。」だとか「ガキよね、いつまでも」なんて言いながら騒ぐ男子を冷めた目で見ている。

 しかし、私は違った。断っておくけれど私は女子だ。でも、喧嘩の知らせが入れば真っ先に駆けて行って、最前列でそれを見るのだった。だっておもしろいから。

 教えられた中庭へ行くと、既に小さな人だかりが出来ていた。体が小さいことを利用して最前列に出る。喧嘩は半分ほど終わっていた。地に伏せる少し年上のお兄さんたち。棒のようなものを構えて殺気だっているお兄さんたち。それから、その真中に武器も無しに、しかし無傷で立っているクラスメート。

 彼の名前はスクアーロ君。

 ほぼ全ての喧嘩を見に行っている私の感触では、多分この学年で一番喧嘩をしている。スクアーロ君の関わる喧嘩は好きだ。スクアーロ君が強いからみていておもしろい。面白いものは大好きだ。

 後、スクアーロ君が自信満々に言う言葉も好きだ。スカッとする。過信じゃなくて本当に強くないと言えないんだろうなぁ。



「っしゃー、いけいけー」



 他の人に交じって応援、というか野次を送る。お兄さんたちはちらちらと観客の方に目をやっている。でもスクアーロ君はそんなことしない。あーあ、お兄さんたち負けちゃうよ?こういう時に集中できてない方が負けるんだ、大概。野次馬の経験から分かる。




「う”ぉぉい、てめぇらぁ!話になんねぇぞぉ!この程度でよく俺に喧嘩売ってきたなぁ!後1分で全員おろしてやるぜぇ!!」




 出た!スクアーロ君の勝利宣言!聞いててぞくぞくする。いいね!これだから喧嘩の野次馬は止められない。スクアーロ君が1分て言うんだから、これは間違いなく1分で終わる。あーあ、もうちょっと早く来たかったな、くそー。

 まんまと挑発に乗ったお兄さんたちは頭に血が上って、協力すればいいものを全員ばらばらに飛びかかって行った。ばっかだなー。そのおかげで、スクアーロ君は1分の半分もかからないで全員をのしてしまった。

 何なのあのお兄さんたち!私の楽しみを奪って!もうちょっと見たかったのに。



「あーあ…」

「あ”?てめぇなんか文句でもあんのかぁ?」

「もうちょっと見たかったのに…ってあれ?」



 目の前にスクアーロ君がいてびっくりした。あっれー?さっきまでちょっと遠くにいたのにな。



「…う”ぉぉい、そういやてめぇしょっちゅう見に来てんなぁ」

「うん!だって面白いもん」

「喧嘩、好きかぁ?」

「大好き!!スクアーロ君の喧嘩は特に好きだよ、面白い!」

「俺はつまんねぇぞぉ。雑魚ばっかだしなぁ」

「へぇ、強いとつまんないの?不思議。でも確かにスクアーロ君強いもんなー、学年では間違いなく一番だと思うよ、野次馬隊長の私が保証します。」

「ハン!あたりめぇだぁ!それから俺は学年じゃなくて学校で一番強ぇんだぁ、覚えとけぇ」

「えー、分かんないよ?」




 スクアーロ君の顔が不機嫌そうに歪む。分かりやすくていいな、本当に。感情表現の素直な人は好きだ。それはいいんだけど、スクアーロ君は何が気に入らないのかな?




「う”ぉぉい、じゃあ俺より強ぇ奴がいるっつーのかぁ?」

「いや、分かんない。」




 そりゃあ、スクアーロ君はめっぽう強いから見たことある中では最強だけどね。強くても喧嘩しない人だっているかもしれないし。そう言おうと思った途端、ぐいっとスクアーロ君に腕を引かれた。人の輪(の最前列)から引っこ抜かれる私。ん?ん?ん?





「おろす。」

「…え?何で?何で何で?」

「喧嘩好きなんだろぉ、相手してやる」





 いやいや、好きって言っても見る専門なんで。と言おうと思ったけど。





「ぶぉぉぉい、かかってこーい。」

「う”ぉぉぉい、下手な口真似すんじゃねぇ!」



 

 私はくいくいっと手招きして見せた。だって…面白そうだったんだもん!!今まで実際に戦ったことは無かったし、そうしようっていう発想もなかった。でもまあいいんじゃないか、これを機に参戦してみても。

 前にも言ったかもしれないけれど、当時の私は自分に出来ることと出来ないことを全くと言っていいほど理解できていなかった。それから能力だって結構優れていた、と思う。優れていたというのはあくまで周りと比べた相対的な基準からみればの話だけれど、ともかく駆けっこだとかその類ではそこらへんの男子に負けた記憶もない。ついでに言うと、ビルの屋上から飛び下りても雷に打たれても宇宙に生身で飛び出しても死なないだろうと思っていた。

 そういうわけで、私は人生初の喧嘩で馬鹿みたいに強いスクアーロ君と相対することになった。デビュー戦が王者決定戦みたい。…おもしろ!!

 人の間にぽっかりと空いたスペースに、スクアーロ君と微妙な距離を開けて立つ。

 あ、見られてる側って、意外と見てる人たちのことが気にならないんだ。今まで見る側だったけど、こうしてこっちに立ってみて初めて分かった。




 確か、こうやって構えるんだよな、喧嘩強い人って。格好だけは真似てそれらしくしてみる。それを見たスクアーロ君がニッと笑った。…しょうがないじゃんよ、初めてなんだよ!馬鹿にすんな、馬鹿にした方が馬鹿なんだよ!




「う”ぉぉい、久しぶりにちったぁできる奴と殺りあえそうだぜぇ」




 スクアーロ君は満足そうに笑った。これは彼なりの褒め言葉。が、当時の私にその辺の判断が出来るわけもなく、馬鹿にされているようで悲しくなった。でも、悲しんでもいられない。

 スクアーロ君が間を詰めてきた。凄い、こうして直接殺気ぶつけられたの初めてだ!

 流れるように繰り出される拳。近くで見るとやっぱりとてつもなく速い。…えーと、確かこういう時は出来るだけ小さく避けるんだよな。いきなり下がって転ぶ人って結構いる。それで体勢崩れた所に蹴りの嵐が降り注ぐというわけだ。

 体を少しずらす。直撃は免れたものの、初めての私が完璧に避けきれるはずもなく腕に軽い衝撃。



「やっぱ、少しはできるかぁ。俺には到底だけどなぁ!」



 と言うスクアーロ君の言葉。聞いている分にはいいけど、言われると意外と腹が立つものだ。それにしてもスクアーロ君、私が女子だから遠慮してるのかな。顔狙ってこなかったよ。意外と紳士なのかもしれない。

 と、思っているそばから顔に蹴りが飛んできた。おまっ、どんだけ長い脚してたら人の顔蹴れるんだ!咄嗟にしゃがみこむ。すると、目の前に片足立ちになったスクアーロ君の足が…

 ちゃーんす!

 私は曲げた膝をばねにして前方へ飛びだした。そのままスクアーロ君の足にしがみつき思い切り引く。そんな蛙みたいなダサい動きは予想外だったのか、スクアーロ君は避けることが出来ずにバランスを崩して後ろに倒れこんだ。




「やったー!勝ったー!」





 初試合で初勝利!やった!喧嘩って、倒れた方が負けなんだよね?誰かに聞いたわけじゃないけど、多分そうだ。それで、スクアーロ君は倒れていて私はしゃがんでいる。これはもう私の勝ち以外の何物でもない。

 ひゃっほーい!とジャンプして立ちあがって、嬉しかったからくるくると回った。

 と。突然背中に衝撃が。前方に倒れこみ、こんにちは、地面さん。できればあなたと抱擁なんてしたくありませんでした。

 多分、というか確実にスクアーロ君が蹴ったんだ。

 背中に硬いものが押しつけられ、重さをかけられる。スクアーロ君め、私の背中に足乗せてんな!!






「卑怯なり!負けたら潔く負けを認めるべし!」

「いつ俺がてめぇに負けた?」

「今!てかさっき!さっき倒れた!」

「は?立てなくなった奴が負けだろぉ?」

「そうなんだ。ふーん、勉強になります。」



















「そろそろ足退けてくれないかな、立てないんだけど。」

「立てねぇようにしてっからなぁ。」

「だよね、さっきから立とうとすると余計踏みつけてくるもんね。」

「お”ぅ」

「『お”ぅ』じゃないから、足退けてよ。」

「俺が学校最強だって認めるかぁ?」

「いやだからそれは分からないってムギュギュギュ!踏まれたって分かんないってば!認めるも何もムグワァッ!」

「う”ぉぉい、こっちは暇じゃねぇんだぁ、とっとと認めろぉ」

「こっちだって暇じゃないもん!スクアーロ君が全員と戦ってみなきゃ分かんないじゃんそんなの!」

「…そうかぁ。」





 スクアーロ君の足が背から離れたから、気を変えられる前に急いで立ち上がる。ここ最近晴れが続いてて良かった。そんなに服も汚れていない。





「学校中の奴ら、全員ぶっ倒したら認めんだなぁ?」

「全員に勝ったら私の認める認めないは関係ないけどね。」

「…本当だなぁ?」

「…?」





 この時私は気付いていなかった。自分がどれほどとんでもないことを言ってしまったのかを。私がそれを知ったのは暫く経ってからだった。

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